幼児教育のエビデンスと政策(4)

エビデンスを政策に生かす――幼児教育の質の向上に必要なエビデンスとは

よりよい幼児教育とはどのようなものなのか、課題はどこにあるのか。白梅学園大学の無藤隆教授と共栄大学の内田千春准教授が幼児教育のエビデンスと政策について解説します。最終回は、先進的な実践を続けているイタリアのレッジョ・エミリアのドキュメンテーションや、ニュージーランドのラーニング・ストーリーについて学びながら、日本において現場発信でエビデンスを積み上げ、よりよい実践活動へと生かしていく仕組みについて検討していきます。(編集部)

連載第1回はこちら
連載第2回はこちら
連載第3回はこちら

→この連載をPDFや冊子で読みたいかたはこちら

Author_MutoTakashi無藤隆(むとう・たかし):白梅学園大学子ども学部教授。主要著作・論文に『幼児教育のデザイン――保育の生態学』(東京大学出版会,2013年),『認定こども園の時代〔増補改訂新版〕』(ひかりのくに,2015年,共著),『これからの保育に! 毎日コツコツ役立つ保育のコツ50』(フレーベル館,2015年)など。

Author_UchidaChiharu内田千春(うちだ・ちはる):共栄大学教育学部准教授。主要著作・論文に「多文化共生の保育」(『基本保育シリーズ15 保育内容総論』中央法規,2015年,分担執筆),「子どもの理解と集団づくり」(『ワークで学ぶ保育・教育職の実践演習』建帛社,2014年,分担執筆)など。

幼児教育の方法はさまざまです。多様な幼児教育のあり方があるなかで、それぞれの特徴そのものを含めながら、どのようにエビデンスを蓄えていったらいいのでしょうか。実際の子どもの様子や保育の流れの詳細な観察からのボトムアップな立ち上げと、発達心理学その他の研究の蓄積からの示唆と、歴史哲学的な理論ベースとが交差するところで見えてくるものがあります(1)

今回は、子どもの姿や作品と詳細な観察記述により、その教育の営みや子どもの姿そのものを反映する「姿評価」を見ていきます。卓越した実践事例でもある市全体(イタリアのレッジョ・エミリア)、国全体(ニュージーランド)で行われている姿評価と実践が一体的に行われている事例を取り上げます。

スポンサードリンク

評価と省察を日々の実践と融合させる

姿評価は、第3回で紹介したようなある程度標準化された指標と矛盾するわけではありません。姿評価によってわかったことをもとに、評価ツールを作成し、他の園でも使用できるように標準化していくことができます。また、標準化されたツールを基盤にしながら、より高い質を目指すときや園の独自性を含めて評価・省察を行うとき、「姿評価」であるレッジョ・エミリアのドキュメンテーションや、ニュージーランドのラーニング・ストーリーのような考え方は、より深い省察や評価を助けてくれます。複数のタイプのツールを組み合わせて、注意深く活用するのが望ましいと言えます。

レッジョ・エミリア市保育学校(イタリア)の「ドキュメンテーション」

レッジョ・エミリア・アプローチといえば、結果として創出された子どもたちのアート作品が目に入ってくることが多いのですが、じつは、その子どもたちの言葉(表現)がどのように生み出されたかというプロセスこそが優れている点です。私たちがまず学ぶべきなのは、①アセスメントと実践の理解、指導の計画の融合と、②子どもの深い学びを目指す保育者・保護者・地域の協働、です。

イタリアのレッジョ・エミリア市立保育学校の実践は1990年頃から世界的に注目され続けています。レッジョの実践を支える重要な要素の1つがドキュメンテーションです。保育の営みそのものを、日々の子どもの姿から丁寧に記述し、大人の視点も含めて記述します。ドキュメンテーションを作成することそのものが、保育の評価になり指導計画になります。また、実践を子ども、保育者、保護者、地域と共有する効果的な手段でもあります。

こうしたドキュメンテーションは、カメラやテープレコーダーを駆使して作成され、美術館や科学館、学校等での展示や書籍となって世界中の人々と共有されてきました(2)

秋田喜代美(3)はレッジョ・エミリア市に学びつつ、保育の質について、「質を地域の歴史文化や思想哲学の中で位置づけていくことが必要であり、質は保障や確保されるものではなく、常に生み出し続ける営みの中においてこそ生まれること、その起点は子どもの姿から常に学び続ける専門性に基づくものといえる」と述べました。レッジョの保育者たちは、ドキュメンテーションを通して、日々の保育を省察し、子どもの理解を深め、保育学校の現場研修を通して専門性を高めてきました。

それはレッジョ・エミリアの保育における審美性を追求する芸術教師(アトリエリスタ)V. Vecchiのインタビュー(4)やC. EdwardsとC. Rinaldi(5)の1人の子どもの成長の具体的な姿の日記とその研修での活用の実例からもわかります。ハーバード大学大学院Project Zero(6)の研究者たちとレッジョ・エミリアの保育者たちが共同で研究した成果の1つがMaking Learning Visible(『学びを見える化する』)という本です(7)。保育者がドキュメンテーションを作成する過程も含めて報告しており、具体的な実践において子どもの姿を捉えることそのものが、その実践の質を捉え、改善し、また人に実践を伝えるときの根拠となっていくことを、詳細な記述(ドキュメンテーション)で伝えています。

レッジョ・エミリアの保育学校で記述されたドキュメンテーションは、園内外で保護者・地域に共有されます。地域にとって、このドキュメンテーションの記述そのものが、各保育学校で行われている幼児教育の質の評価となります。

日本の保育所や幼稚園、こども園の中にも、ドキュメンテーションの考え方を研修や保育計画に取り入れている園や地域の自主的な研究会があります。地域を越えて、学び合うネットワーク作りも行われています。レッジョ・エミリアのドキュメンテーションの理念は、園、教室、子どもについてその個別性に注目し、日々「今、ここで行われている保育」を可視化して共有し振り返るツールとして日本でも有効です(8)


1 2 3 4