子どもは善悪をどのように理解するのか?

道徳性発達の探究

長谷川真里 著

発行日: 2018年2月15日

体裁: 四六判並製192頁

ISBN: 978-4-908736-08-7

定価: 1800円+税

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内容紹介

こんなふうに考えていたのか!

子どもたちは,道徳にまつわる問題をどのようにとらえているのでしょうか。子どものもつ道徳性の不思議さ,面白さを,発達的な観点から読み解いていきます。道徳性発達を舞台に繰り広げられる心理学者の知的探究,ここに開演。

目次

第1章 意図,それが問題だ

第2章 はじめにルールありき

第3章 道徳の中心で公平を叫ぶ

第4章 感情,このやっかいなもの

第5章 仲間意識の檻の中

第6章 権利権利で夜も眠れず

第7章 縦の糸は時間,横の糸は文化

著者

長谷川真里(はせがわ・まり)

2003年,お茶の水女子大学大学院博士後期課程修了,博士(人文科学)。現在,横浜市立大学国際総合科学部教授。
主要著作に,『言論の自由に関する社会的判断の発達』(風間書房,2004年),「社会科教育と社会認識の発達」(『児童心理学の進歩 55巻』金子書房,2016年)など。

はじめに――道徳を科学するとは?

道徳、というと、なんとなく近寄りがたい、堅苦しいイメージがないだろうか? 少なくとも、筆者がはじめて心理学を学んだ頃、そのようなイメージを抱いていた。

道徳とは何か、善悪とは何か、というような大きな問いに答えることは難しい。筆者は大学の授業で「まずは道徳的な人とはどんな人か想像してみてください」と問いかけることがある。この問いに対する学生の答えは多様だ。思いやりのある人、涙もろい人、ルールを守る人、正義感の強い人……。道徳や道徳性の多様性を表しているのだろう。その一方で、必ず出てくる言葉がいくつかある。善悪、ルール、思いやり、公正。学生の直感は正しい。これらの言葉は、道徳性心理学の中で中心的な概念である。

心理学において、道徳とは、人々が善悪をわきまえて正しい行為をなすために守り、従わねばならない規範の総体と定義される。これは、外面的、物理的強制を伴う法律とは異なり、自発的に正しい行為へと促す内面的原理として働くものである。そして、道徳性心理学とは、道徳に関わる人間の行動や心理について、心理学的な手法で解明する学問である。教育心理学、社会心理学のように心理学の一領域を担う確固たるサブジャンルではない。研究手法やよって立つ理論を問わず、道徳性を研究テーマとした一連の研究群を指すことが多い。

筆者が心理学の研究を始めた一九九〇年代では、道徳性心理学はマイナーなジャンルであった。限られた少数の研究者が細々と取り組んでいるというイメージがあった。また、道徳というものを科学的に調べる方法が十分に確立していなかった。科学とは、普遍性と再現性が前提条件となるが、道徳や道徳性は、それぞれが追求すべき個人的な価値の問題ゆえに研究対象にすべきではないという風潮もあった。

しかし二一世紀になって、状況は一変した。ジョナサン・ハイトの衝撃的な論文「情動的なイヌと合理的な尻尾」はこれまでの道徳性心理学の常識に揺さぶりをかけるものであった。乳幼児研究の手法が洗練され、言葉をもたない赤ちゃんの道徳観を調べることも可能になった。神経科学の領域でも道徳性に関わる研究が加速度的に増加し、それは現在も続いている。そしてなにより、「面白い」研究が増えた。我々の常識を覆す乳幼児の有能性や、大人も気づかない道徳的思考の罠が次々と明らかになってきた。道徳性は最も学際的な研究ジャンルの一つとなった。

さらに見逃せないのは、現代社会の問題である。限られた政府の予算を老人の福祉と保育園のどちらにより多く分配すべきか、というのは、道徳の中心的な概念である公平性の問題である。テロや移民の問題は、現代日本において遠い世界のことではなく、異質な信念や習慣をもつ他者をどのように受容すべきか、という切迫した課題を突きつける。子どもが「道徳的」であってほしいという期待をもつ人もいる。これらは、いまや一部の専門家に任せればよい問題ではなくなった。市民一人ひとりが考えざるをえない状況になっているのではないだろうか。

このように大上段に構えてみたものの、本書の執筆の動機は単純だ。筆者が、日々子どもたちを対象に調査や実験をするなかで感じた、「面白さ」を共有したい、というものだ。実験の結果を報告すると、「じつはこんなふうに考えていたのか!」「意外にわかっていないのですね」「こんな小さな子どももちゃんとわかっているとは」と親や教師のかたも驚くことが多い。

本書は、このような、道徳性に関わる心理学の研究を紹介するものである。残念ながら、本書には、切迫した現代社会の問題への即効性のある答えは提示されていない。また、「良い子」を育てるためのハウツー本でもない。道徳を礼賛するのでも、個人の有する価値に踏み込むものでもない。本書は、「道徳」という摩訶不思議なものが、知らずしらず我々の社会や私たち自身と深く関わっているという、その「不思議さ」を楽しんでもらうことを目的としている。

第1章から順に、善悪、ルール、公平、罪悪感、寛容など、道徳に関わるトピックを一つずつ取り上げていく。これらのテーマに関わるすべての心理学研究を網羅するのは、筆者の力量を超えている。そこで、各章で取り上げる実験や調査は、筆者の専門である発達心理学の領域の研究が中心となっている。また、幅広い道徳性の概念の中の、正義に関わる領域を中心に扱っていることもつけ加えなくてはならない。

道徳に関わる心理学の研究を紹介することで、読者のみなさんが単純な「善い悪い」の枠組みに疑いをもち、我々がいかに不十分な知識しかもたず、そして偏った考え方をしてしまうのかについて気づくきっかけになることを望む。本書を通じて、人間とは何か、社会とは何かということを少しでも考えるヒントになるならば、これ以上望むべくもない。

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