幼児教育のエビデンスと政策(4)

エビデンスを政策に生かす――幼児教育の質の向上に必要なエビデンスとは

保育実践の現場からのエビデンスの発信を

保育実践をモニターする仕組みがないと現場に負の影響がある

OECD諸国の状況と比較すると、現在の日本は、幼児教育の質をモニターする仕組みがないためにデメリットを抱えていると危惧しています。そのデメリットの第1は、制度を変更した結果の評価を行う基本となるデータがないことです。つまり政策を変えた結果、幼児教育の質が上下したのか、あるいは変化がないのかを判断する材料が不足しているのです。第2に、幼児教育の現状を社会に伝える基盤となるような、客観的なデータが十分にないことです。そのために、メディア等を通して行われている議論は、根拠の弱いものになりがちです。第3に、幼児教育を行う当事者が、専門家として共有できるような実践を捉えるツールが確立していないことです。

日本の幼児教育は、民間運営の園の割合が高く、園ごとの独自性が優先されてきました。そうした独自の取り組みが尊重された結果、さまざまな卓越した実践が日本各地で見られます。一方で、幼稚園教育要領や保育所保育指針に沿った保育が行われているのかどうか、外からチェックする仕組みが脆弱であるという課題ももっています。

さらに、近年待機児童問題への対応に追われ、新規の園が迅速な開園を迫られていますが、人材不足のために経験年数の少ない先生の割合が増加しています。また、幼稚園も保育園も基準緩和を余儀なくされてきました。そうした基準変更の影響を議論するにもその根拠になるデータがない状況は、危険だと考えられます。

日本のエビデンスを集めるために、私たちは何をしたらよいのか

幼児教育では、ランダム化実験(14)を行うことはできません。だから、縦断的な大量調査が必要で、それには10年単位の時間が必要です。この規模になると、多くの実践現場の協力が不可欠です。またその多量のデータを整理していくのは、国ないしそれに近い研究所や研究グループとして行う仕事です。その完全な整備を待っていてはいつまでもエビデンスは蓄積できません。

では、どうしたら、今、日本の幼児教育のエビデンスを収集できるのでしょうか。理想的な状況作りを目指しながらも、まずは、やれることから始めていくという考え方が現実的なようです。

  1. 研究者と実践者が協力して取り組む。実践的視点をもつ研究者、研究的視点をもつ実践者が各地域で協力して取り組む仕組み作りが必要。
  2. まず、地域、市町村レベルの小さな単位で積み上げていく。
  3. 同時に、地域を越えて実践者同士、研究者同士が連携し、小さい単位でもたくさんの同種の研究を積み上げていけば、その全体のメタ分析をすることで、ある程度確定的なことはいえる。

そのためには、研究者の側では、日本の幼児教育にとっての信頼性・妥当性が高い指標を開発することが重要です。また、実践者の側では、日々の実践を見る目を磨き、省察を積み重ねながら、その省察が深まるように横のつながりを生かした研修が必要になります。

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第三者評価と園内研修を通して現場発信のエビデンスを積み上げる仕組みの提案

近年ようやく、日本の幼児教育にも第三者評価が取り入れられるようになってきました。しかし、いまのままではエビデンスの積み上げにはなりません。現在の評価方法では、基準の順守や衛生・安全管理が中心で保育のプロセスそのものの質の評価ができないからです。

すでに触れましたが、OECD(15)の報告では、世界潮流は規則順守中心の構造の質評価から幼児教育実践そのもの(プロセス)の評価を重視する傾向にあります。

評価によって、実践が抱える課題を発見しその改善を援助し、質を高めていくのに有効だとする考え方です。評価アセスメントは、行われている幼児教育実践そのものを高めていくことを目的としているということを、各園の保育者が理解し有効に活用していってはじめて意味があります。やらなければならない第三者評価ならば、その機会を活用して質の向上とエビデンスの積み上げに寄与できるような評価内容へと精査していけないでしょうか。専門性を追求する幼児教育文化の構築が望まれます。

そして将来的には、乳幼児期の子どもの発達を支援するプログラムであれば、民間、公立、認可、認可外、幼稚園、保育所、こども園、親子プログラム、家庭的保育といった違いを越えて、エビデンスを収集して行けるような仕組みを、国としてもつ必要があります。幼児教育の多様性は、あくまでも1人ひとりの子どもがもつ、育つ権利を社会として保障したうえでの多様性でなければなりません。


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