児童虐待をした女性よりも男性の方が厳しく罰せられる?

『パーソナリティ研究』内容紹介

母親が児童虐待をしていた場合と父親が児童虐待をしていた場合とで,当人への非難の度合いが異なるという知見が欧米の研究から得られています。同じ傾向が日本でも見られるのか,シナリオ法を用いて検討がなされました。(編集部)

向井智哉(むかい・ともや):福山大学人間文化学部心理学科講師。→ウェブサイト

この研究の前に分かっていたことと分かっていなかったこと

多くの国で児童虐待は重要な問題です。これは当然日本も例外ではなく,親が子どもを遺棄したり,傷つけたり,さらに命を奪ったりするといった事件は残念ながらしばしば生じています。

このような現状を受け,児童虐待をした人にどの程度の刑罰が求められるのかという問題については多くの研究が行われるようになっています。そして,特に欧米の研究で行われた研究では,児童虐待をしたのが女性である場合には,男性である場合と比べてより厳しい刑罰が下されることが(研究ごとに若干相違はありますが)おおむね分かっていました。

しかし,日本でも欧米と同じような傾向が見られるのかはこれまで分かっていませんでした。日本の文化・社会は,今でも母親が育児を担う割合が高いことに見られるように,欧米とは文化的・社会的背景が異なると言われています。そうだとすれば,もしかすると欧米で得られた結果とは異なる結果が日本では見られるかもしれません。そう思ってこの研究を計画しました。

この研究で分かったこと

最初に結論を述べてしまいますと,この研究では,欧米の研究と同じような傾向が日本でも見られること,つまり児童虐待をした女性よりも男性の方が厳しい刑罰を求められることが示されました。

研究に使ったのは心理学でシナリオ法と呼ばれる手法です。具体的には,児童虐待事件を描いた簡単な文章(これがシナリオです)を読んでもらいました。下にある文章はその一部を抜粋したものです。

ここで注目していただきたいのは,左の文章と右の文章はほとんどが同じで,加害者とされる人の性別(赤にしているところです)だけが違っているということです。このように文章の一部だけを変えて,回答をしてくれる人にはどちらか一方だけの文章を読んでもらったうえで,文章についての意見を尋ねることで,変えられた部分が意見に影響を与えるかを見ることができます。ここでの意見としては,加害者に何年の刑を与えたいかを尋ねました。

行為者女性 行為者男性
今年4月,当時2歳の植村郁人(いくと)ちゃんが長期にわたって食事を与えられず,アパートの1室で餓死した事件。死亡時の体重は平均の半分に満たない5.8キロで,体内からはのみこんだ紙切れやプラスチック片などが見つかり,腸閉塞を起こしていたという。警察は,郁人ちゃんの母,凛子(りこ)容疑者(23歳)を保護責任者遺棄致死罪で逮捕した。 今年4月,当時2歳の植村郁人(いくと)ちゃんが長期にわたって食事を与えられず,アパートの1室で餓死した事件。死亡時の体重は平均の半分に満たない5.8キロで,体内からはのみこんだ紙切れやプラスチック片などが見つかり,腸閉塞を起こしていたという。警察は,郁人ちゃんの父,凛太(りんた)容疑者(23歳)を保護責任者遺棄致死罪で逮捕した。

下の図がこの研究の中心的な結果です。小さくて少し見づらいですが,この図に描き込まれている丸が回答をしてくれた人それぞれが加害者に何年の刑を求めるかをプロットしたもので,丸を囲っている線はどの程度の年数に回答が集中していたかを示しています。線が2つあるのは,シナリオで行為者(加害者)が女性の場合と,男性の場合があったからです。真ん中にある黒いひし形が平均値です。

2つのグループを見比べると,「行為者女性」というラベルの上にあるグループでは線が下の方で横に広がっているのに比べ,「行為者男性」というラベルの上にあるグループでは横に広がっている部分が少し上になっています。また,平均値を示す点も「行為者男性」のグループの方が「行為者女性」のグループよりも少し高いところに位置しています。

数字で見ますと,行為者が女性である場合には平均して12.17年の刑が求められるのに対し,男性の場合には同じく平均して15.09年の刑が求められるということも分かりました。

そして統計的な分析をしたところ,この2つのグループの刑の重さ(年数)の差は統計的に有意であったことから,結論として,児童虐待をした女性よりも男性の方が厳しい刑罰を求められるということになりました。

だから何?

以上が今回の研究の結果ですが,私としてはこの結果はかなり重要なものだと思っています。と申しますのも,今回の結果は,刑事裁判の建前と真っ向から対立するからです。刑事裁判(に限らずすべての裁判がそうですが)は,平等でなければなりません。そのため,刑事裁判では「その人がした『悪いこと』がどの程度悪いか」を判断するうえで重要になる事柄だけに焦点を絞って審議がなされるわけですが,「犯罪をしたのが女か男か」が裁判にあたって重要な事柄であると考えるのはほぼ不可能でしょう(やったことが同じであるなら,男が被告だともっと悪いことになるということはないでしょうし,逆に女が被告ならましということもないでしょう)。そうであるにもかかわらず,今回の研究で行為者の性別だけで平均して3年程度の差が刑の重さに見られたことは,「平等でなければならない」という建前と真っ向から対立するととらえざるをえないように思います。

ただ,最後に述べておきますと,今回の結果から「男性は逆差別を受けている」という主張を導くのは少し安易・拙速かもしれません。なぜなら,今回の研究にはいくつか限界があるからです。1つ目に,今回の研究は裁判のデータを使ったものではありませんので,実際の裁判でも同じような差が生じているかは今回の研究からは明らかではありません。2つ目に,今回の研究はあくまで保護者が子どもを遺棄して死亡させたという事案についてのものです,他の事案(たとえば殺人や窃盗)でも同じような結果になるかは分かりません。今後も,なぜ今回のような結果が得られたのかも含めて,さらに調査を続けていく必要があるでしょう。

今回の研究の来歴

この研究は,公益財団法人トヨタ財団によって助成を受けている「児童相談所の後方支援を担える社会システムの構築」(研究代表者:綿村英一郎)によって行われたものです。今後も研究を続けていく予定ですので,児童虐待に関心がおありの方はウェブサイト(1)をぜひご覧ください。

注・文献

(1)  2022研究助成プログラム「児童相談所の後方支援を担える社会システムの構築」公益財団法人トヨタ財団

論文

向井智哉・湯山祥・松木祐馬・田中晶子・貞村真宏・岩谷舟真・井奥智大・綿村英一郎 (2024).「保護責任者遺棄致死罪で起訴された被告人の性別が一般市民の量刑判断に与える影響」『パーソナリティ研究』32(3), 138-140.