幼児教育のエビデンスと政策(1)

注目される幼児教育のエビデンス

いま,幼児教育が注目を集めています。なぜ幼児教育がいま注目を集めているのでしょうか,よりよい幼児教育とはどのようなものなのでしょうか,課題はどこにあるのでしょうか。世界的な幼児教育の動向にも詳しい白梅学園大学の無藤隆教授と共栄大学の内田千春准教授に解説していただきました。(編集部)

Author_MutoTakashi無藤隆(むとう・たかし):白梅学園大学子ども学部教授。主要著作・論文に『幼児教育のデザイン――保育の生態学』(東京大学出版会,2013年),『認定こども園の時代〔増補改訂新版〕』(ひかりのくに,2015年,共著),『これからの保育に! 毎日コツコツ役立つ保育のコツ50』(フレーベル館,2015年)など。

Author_UchidaChiharu内田千春(うちだ・ちはる):共栄大学教育学部准教授。主要著作・論文に「多文化共生の保育」(『基本保育シリーズ15 保育内容総論』中央法規,2015年,分担執筆),「子どもの理解と集団づくり」(『ワークで学ぶ保育・教育職の実践演習』建帛社,2014年,分担執筆)など。

子ども中心に幼児教育や保育の課題を考えよう

日本では就学前の教育について、待機児童の問題としてメディアで議論されることが多く、保護者、特に女性の権利を中心にした議論として扱われがちです。ワーク・ライフ・バランス等社会の歪みや矛盾が、子育て家庭に特に厳しく突きつけられるなか、待機児童問題は重要で緊急に解決すべき問題です。しかしながら就学前の教育を考えるとき、未来に向けて育つ「子ども」の育ちを抜きに議論を進めるわけにはいきません。子どもがよりよい環境で保育される権利、愛されて育つ権利、学ぶ権利の保障という視点は、同じくらい緊急性をもつ課題です。この視点から、幼児教育に関する議論を深めていきましょう。

さて、現在日本の幼児期の教育は、こども園、幼稚園と保育所の3カ所で行われています。保育所は学校教育ではなく児童福祉の枠組みの中での施設ですが、3歳以上の保育は幼稚園での教育に準じて行うことになっています。ただ保育所には一定の基準を満たしている認可保育所の他に、無認可保育所(最低基準は満たさないものの一定程度以上の環境を整えている)があります。また、平成27年度から始まった子ども・子育て支援新制度の枠組みの中では、従来の「施設型」に対して新しく「地域連携型」として小規模保育、家庭的保育、訪問型保育、事業所内保育を制度の中に組み込み、一定以上の基準を維持する仕組みを作ろうとしています。

こうした日本の仕組みは、十分に子どもの育ちを保障できるレベルになっているのでしょうか。

残念ながら日本には、個別の園の実際の質を評価するような大規模な調査研究が行われたことがありません。第三者評価の仕組みもまだ始まったばかりで、すべての園がきちんとした形で行うまでにはなっていません。ですから、認可園だから、幼稚園だから、必ずすばらしい幼児教育が行われていると言い切ることができないのです。またそもそも、すばらしい幼児教育というのは、どういったものかも、新しい制度に向かうこの時期にしっかり考えていく必要があります。

世界的には、幼児教育が注目されておりエビデンスに基づいた議論が重ねられてきています。こうした議論は日本の幼児教育を考えるうえで参考になりますので、まずそれらの海外の幼児教育研究の動向から見ていきましょう。

日本の幼児教育を考える材料としての外国の幼児教育

幼児期の教育が世界的に注目されていることは、OECD(経済協力開発機構)がStarting strong(『人生の始まりこそ力強く』)と題している報告書シリーズに表れています。

2001年にOECDからStarting strong: Early childhood education and careが出版されたとき(1)、すでに「OECD加盟国の間では、初期の幼児教育と養護の質の向上とアクセスを向上させることが政策上の優先事項になっている」と説明し、政策的な課題を分析していました。その後2006年に出されたStarting strong II(『OECD保育白書――人生の始まりこそ力強く:乳幼児期の教育とケア(ECEC)の国際比較』(2))では、20カ国が調査に参加し、2001年の報告から割り出された社会、経済、概念、研究等の要因がどのように各国の幼児教育と養護(ECEC)に影響を与えているかを報告しています。

続く2012年のStarting strong III: A quality toolbox for early childhood education(『人生の始まりこそ力強く3――幼児教育と養護の質を守る道具箱』(3))からは、日本も部分的にですが調査に参加しました。Stating strong IIIでは質の高い幼児教育と養護を維持するために必要な事項が、これまでの各国の縦断的効果研究の結果をもとに整理されています。


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