幼児教育のエビデンスと政策(3)

幼児が育つ環境をつくる――幼児教育の質とは

よりよい幼児教育とはどのようなものなのか、課題はどこにあるのか。白梅学園大学の無藤隆教授と共栄大学の内田千春准教授が幼児教育のエビデンスと政策について解説します。連載の第3回は、幼児教育の質をどのように測定すればよいのか、測定する指標にどのようなものがあるのかについて、詳しく取り上げます。(編集部)

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Author_MutoTakashi無藤隆(むとう・たかし):白梅学園大学子ども学部教授。主要著作・論文に『幼児教育のデザイン――保育の生態学』(東京大学出版会,2013年),『認定こども園の時代〔増補改訂新版〕』(ひかりのくに,2015年,共著),『これからの保育に! 毎日コツコツ役立つ保育のコツ50』(フレーベル館,2015年)など。

Author_UchidaChiharu内田千春(うちだ・ちはる):共栄大学教育学部准教授。主要著作・論文に「多文化共生の保育」(『基本保育シリーズ15 保育内容総論』中央法規,2015年,分担執筆),「子どもの理解と集団づくり」(『ワークで学ぶ保育・教育職の実践演習』建帛社,2014年,分担執筆)など。

第2回では、質の高い幼児教育はその後の子どもの成長発達に肯定的な影響を与えること、家庭の要因が強い影響力をもつこと、不利な状況にある家庭ほど幼児教育から恩恵を受ける割合が高いこと、などについて確認してきました。そして、幼児教育の質にとって保育者の質が重要であることを含めてお伝えしました。

今回は、諸外国で使用されている幼児教育の質を測定するのに有効とされている指標そのものに目を向けます。幼児教育で評価指標を用いるときの原則を確かめ、日本で活用可能なツールを中心に紹介します。

社会や保護者への説明責任(アカウンタビリティ)と質の測定

測定すれば質が上がるわけではない――アメリカの苦闘

アメリカでは1983年のA Nation At Risk(『危機に立つ国』)という報告書が出されたことをきっかけに、学校改革に向けた議論が盛んになりました。州ごとに行っていた改革から、国全体の政治的課題になったのは1989年にブッシュ大統領と州知事が教育サミットを行い教育改善のための宣言をした頃からです。その宣言を引き継いたクリントン政権は1994年に、Goals 2000: Educate America Act (P.L.103-227)(1)で2000年までにアメリカの公立学校はどうあるべきかという目標を提示しました。そして、その目標がどこまで達成できたかを検討するためのエビデンスが求められるようになりました。その傾向はエスカレートしていきます。

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このアカウンタビリティ重視の傾向に対して、学術的な立場からは、重大な決定を伴う(high stakes)試験の過剰使用を慎み、アセスメントや得られたデータの扱いを慎重に行うよう警鐘が鳴らされ続けてきました(一部の例ですが文献参照(2))。その理由は、アセスメント、テストのために教えるという本末転倒な状況を生んできたからです。

残念ながらアメリカではその後も、2011年にNo Child Left Behind Act(一人もとりこぼさない法)が制定され、標準化された試験の結果で学校や教師の評価を行い予算の配分に反映させるようになりました。この方略は、評価を高めるために学習目標のレベルを下げる動きを招いたり、学校評価で重視される教科と内容中心の教育が行われたり、試験自体の妥当性が疑問視されたりするなど、さまざまな批判が上がっています。さらに、小学校での成果達成のために就学前の教育内容が、学校化するなどの影響が出ています。「学校化」とは、幼児期に学ぶべきことよりも、学齢期での達成目標のために就学前に小学校のような教育方法や内容を行う傾向のことで、幼児期特有の学びのあり方を見失うことになると懸念されています(3)

幼児教育ではより慎重にアセスメントを使用するべき

ましてや幼児教育では、標準化されたテストはより注意深く使用されるべきです。それには次のような理由があります。

  • 幼児期の発達は変動しやすく急速であり、経験や環境要因からの影響も一律ではない。
  • 幼児の能力はいつも同じようには発揮されない。文脈や質問の仕方が成績におおいに影響する。
  • 経験の乏しさと年齢のために、幼児は成績を上げようとする必要を理解しないので、テスト場面で発揮された力が実際の力を反映するとは限らない。
  • 幼児に対して行うテストでは、長期的な予測妥当性はあまり高くない。
  • 標準化されたテストはきわめて制約されたある一定の状況でできる/できないを示すだけである。子どもが通常の環境で何ができる/できないかはわからない。
  • だから、テストの結果は親や保育者にとってあまり有用でないのが典型的。有用なものにするには、きわめて広範な能力を測定するものが行われれば別だけれど、それには費用がかかる。
  • テストの結果は重大な決定の基準として誤用されることがある。例えば、プログラムへの参加を否定したり、プログラムのための基金を出すかを決定したり、保育者に報酬/処罰を与えたりする。

繰り返しになりますが、子どもやプログラムの個別評価で重大な影響がある(high-stakes)評価システムの利用はきわめて慎重に行われるべきです。標準化された評価指標は、その特徴を理解し使い方を誤らないようにしなければなりません。幼児教育全体、地域全体など全体的な成果を評価する場合と区別して使用する必要があります。


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