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なぜ人は困った考えや行動にとらわれるのか?

存在脅威管理理論から読み解く人間と社会

脇本竜太郎 著

発行日: 2019年12月10日

体裁: 四六判並製256頁

ISBN: 978-4-908736-15-5

定価: 2200円+税

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電子書籍あり

内容紹介

悪とは何か?

弱さから生じるすべてのものだ ――ニーチェ

人々の分断や対立,人生の不自由さや息苦しさはどこから生まれるのか? 「いつか訪れる死への恐怖」に対する人間の心的防衛メカニズムから,人間と社会に広がる生きづらさを読み解く。

目次

第1章 死の恐怖から人間の行動を理解する――存在脅威管理理論

第2章 自己についての幻想

第3章 なぜよそ者を排斥するのか?

第4章 なぜ一人になるのを恐れるのか?

第5章 公正さに潜む落とし穴

第6章 母性愛神話を考える

第7章 伝統という幻想――なぜ昔はよかったと思ってしまうのか?

第8章 よりよく存在論的恐怖とつき合うために

著者

脇本竜太郎(わきもと・りゅうたろう)

2007年,東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学,博士(教育学)。現在,明治大学情報コミュニケーション学部専任講師。

主要著作に,『存在脅威管理理論への誘い―人は死の運命にいかに立ち向かうのか』(セレクション社会心理学27,サイエンス社,2012年),「存在論的恐怖が達成事象の主観的時間的距離に及ぼす影響―自己高揚と一貫性希求の比較検討」(『情報コミュニケーション学研究』18, 131-144, 2018年),Reconstruction of the subjective temporal distance of past interpersonal experiences after mortality salience(Personality and Social Psychology Bulletin, 37, 687-700, 2011年),「存在論的恐怖が自己卑下的帰属および他者からの支援的帰属の期待に及ぼす影響の検討」(『実験社会心理学研究』49, 58-71, 2009年),「存在脅威管理理論の足跡と展望―文化内差・文化間差を組み込んだ包括的な理論化に向けて」(『実験社会心理学研究』44, 165-179, 2005年)など。

はしがき

「自分自身が死ぬということについて考えると,どのような気持ちになりますか?」

いきなりこんなことを尋ねられたら困ってしまうと思うのですが,少し時間をとって想像してみてください。

どうでしょうか? 怖いと感じた人もいるかもしれませんが,当然のことだから何とも思わないという人や,そもそも自分の死について普段考えないから現実味がわかない,と思った人の方が多いのではないかと思います。私たちは日常の中で,あまり自分の死について考えることがありません。考える機会があるとすれば,大きなけがや病気をしたとき,身近な誰かが亡くなったとき,あるいは誰かの闘病記を読んだときやそれを原作にしたドラマを観たときくらいのものでしょう。普段は,死の問題というのは何か遠いところにあるもののように感じられるでしょう。

死は生きている我々にとって,とても不快で避けたいものであるはずです。しかも,やっかいなことに,死というものはどれだけ頑張ってもせいぜい先送りができる程度で,究極的には解決できません。それなのになぜ,我々は普段自分の死について悩んだり,恐怖に苛まれたりすることなく生きていくことができるのでしょうか。

この問いに一つの回答を与えてくれるのが,社会心理学における理論の一つである存在脅威管理理論(terror management theory)です。存在脅威管理理論は,「ある種の死の恐怖」(第1章で解説する存在論的恐怖)を和らげてくれるような心的防衛メカニズムが人間に備わっていると考えます。その防衛メカニズムが正常に働いているおかげで,我々は普段自分の死についての恐怖に悩まされなくてすむのです。

その一方で,この心的防衛メカニズムは,人間の判断や行動を不合理な方向に導いてしまいます。そして,そのような不合理な判断や行動は,人々の間に分断や対立を生んでしまったり,人生を不自由で息苦しいものにしたりする困りものです。言い換えれば,社会の息苦しさや生きづらさの一部は,存在論的恐怖によってもたらされているということです。

不合理な判断や行動に陥るのを避けつつ,存在論的恐怖にうまく対処するにはどうすればよいのでしょうか。この本では,我々を生きづらくさせるようないくつかの問題を存在脅威管理理論の視点から読み解きながら,この点について考えていきます。まず第1章では存在脅威管理理論の概要について説明します。続く第2章から第4章では存在脅威管理理論の中心に位置づけられる三つのトピックについて扱います。具体的には,第2章では,自己についての幻想に着目します。人は自分のことを実際よりもよく思ってしまいますし,また自分のことをポジティブに考えることがよいのだと考えてしまいます。しかしながら,さまざまな研究知見に鑑みると,それは幻想にすぎません。人がなぜそのような幻想を抱いてしまうのかを論じます。第3章では外集団排斥について考えます。人は自分と違う特徴をもった人たちに対して,ひどい仕打ちや冷たい扱いをしてしまうことが多々あります。偏見や差別が道徳的に望ましくないことを知っていて,平和や平等の価値をある程度信じているはずの我々がなぜ自分と異なる人々を差別してしまうのかを,文化的世界観の防衛という視点から考えます。第4章では関係性について論じます。存在脅威管理理論ではもともと自尊感情と文化的世界観について議論していたのですが,研究の進展に伴って,他者との関係性も存在論的恐怖を和らげる効果をもつことが示されるようになりました。関係性は自尊感情や文化的世界観による防衛の負の側面を乗り越える意味をもつのですが,必ずしも望ましい側面ばかりをもつわけでもありません。関係性を通じた防衛の光と闇について論じます。

第5章以降は著者がピックアップしたトピックについて考えていきます。第5章で扱うのは格差と平等の幻想です。人間は公正さを求める欲求をもっていると考えられていますが,実際には世の中にはさまざまな不公正や格差が存在します。そして,近年の研究では,不公正や格差を維持してしまう行動が,公正さを求める欲求によって生じてしまうことが示されています。不利な立場にある人に対する態度という視点から,格差と存在論的恐怖の関連について論じます。

第6章は母性愛神話を取り上げます。母性愛神話は科学的に根拠が薄弱なものですし,男女共同参画を阻害するという意味で有害です。そのような有害な母性愛神話を信じてしまう人がいるのはなぜでしょうか。自尊感情追求,文化的世界観防衛,さらに身体の動物性という問題から考えます。

第7章で注目するのは「伝統」という幻想です。家族や社会のあり方などについて,「昔はよかった,現在はそれから離れてしまったからもう一度昔に帰るべきだ」,といった主張をよく見聞きします。しかしながら,そういった主張はたいてい,いつの時期のことを伝統とするのかという点が曖昧で,恣意的に自分の主張に都合のよい時期を伝統と呼んでいるだけにすぎないものです。いったいなぜ,「伝統的なものがよいものだ」という不合理な主張が行われてしまうのでしょうか。なつかしさという感情を通した象徴的防衛という点から説明を試みます。

最後に,第8章では全体の議論を振り返りながら,存在論的恐怖とよりよくつき合っていくための方法について,最近の研究を参照しながら考えていきます。

本書はあくまで,存在脅威管理理論という社会心理学の一理論からの解釈を提示するものです。本書で議論する内容に肯く人もいれば,納得できないと思う人もいるだろうと思います。結果としていずれの感想にたどり着くにしろ,社会心理学の理論から世の中のことを考えてみることの面白さや,検証することの興味深さを感じていただければと思っています。