心理学が挑む偏見・差別問題(1)

社会問題への実証的アプローチ

偏見や差別解消に向けた介入研究

北村:

昨年は,20年ぶりにアメリカに滞在して研究してきましたが,実践介入研究がそれなりに進んできているなという印象を受けました。そのあたりは日本の社会心理学での偏見研究では弱いところかなと思います。たとえば偏見を向けられるとその不安,懸念によって実際に当該の遂行が下がってしまうという「ステレオタイプ脅威」でパフォーマンスが下がるということの実証研究は数多くありますが,それを指標としてどのような介入を行えばステレオタイプ脅威が生じないかという研究は少ない。社会にはステレオタイプがあふれているわけですが,どういう介入を行えば,女性が数学や理科に自信をもったり,「苦手」とされている分野に対して堂々と自分のやりたいことをしたりできるのか。アメリカでは,小学校の中に入ってプログラムや介入的な実践を実施し,その効果測定を行う,という研究をいくつか聞く機会がありました。そのあたりは,日本では手薄かもしれません。私自身も,オタクステレオタイプについて実験室のような統制された場で,オタク的な視線を向けられると予期的な不安がどのように働くか,という実験をしたことはあるのですが,大々的な社会的介入実験はしたことがないです。大変だろうなとは思いますが。

大江:

そういうふうに私も思うのですが,ただ介入する余地がなかなかない気もします。学校現場に入っていくことはなかなか難しい。

北村:

そうなんですよね。実験的な取り組みをカリキュラムに入れることは教育行政も絡む話ですから,カリキュラムで学ぶ内容を遅らせてそうしたプログラムを入れることが,現代日本のカリキュラム構成の中でできるかということですね。

大江:

そのあたりをプロジェクトとして動かせるような人がいないと,動かないと思います。

唐沢:

学校も組織としては難しいということはありますよね。教育委員会の許可をとらなければいけないとか。

北村:

私立学校とか,カリキュラムの自由度がまだあって融通が利きやすそうなところに個人的なつながりがあればお願いするとかですね。公立ではけっこう難しい気がします。

高:

公立だと,人を使って検証するということ自体に抵抗感があると思います。

唐沢:

介入して効果的なものが見つかればよいと思いますが,一方で,実験室で研究する以上に厳密な方法的厳格さが求められますよね。ありもしない効果をあるかのように報告して,実際にそれが取り入れられるということになれば非常に大きな責任になる。臨床心理学の問題でも同じだと思いますが。よほど効果があると確かめられなければできない。

北村:

日本では何かを試す際にカリキュラム一斉型のようなところがあるので,何かをカリキュラムに取り入れようとなった場合に,すでにいる教員が担わなければいけないし,全員に研修することもできないでしょう。カリキュラムに入って,全国一律に,小学校や中学校で実施することになった場合に難しさがあります。いま実際にどのようにカリキュラムに入っているか正確な知識はないのですが,自分の子どもが小学生の頃に,知的障害の施設に訪問に行っていました。それが学校や経験によっては惨憺たるものだったようです。まさに失敗した接触仮説(8)のようなものですね。

高:

僕も小学生の頃に近くの障害者施設に行ったことがありますが,オルポート(9)が挙げた,対等な地位や協力的関係といった,接触が偏見を低減するための条件が整っていない交流をただ強制されただけだったので,効果があったのかは疑問です。

figure08

北村:

体育館に集まって,タッチしてリレーをするわけですが,ルールをうまく理解できていない子どもを健常な子どもが両手を引っ張って引きずるようにゴールさせて「よかったね」と教員が言っていました。社会福祉が専門の方とも,「ありえないですよね」と話をしたことがあります。何のための教育なのか,何を達成しようとしているのかと。課外活動に導入する際に,教員にそのための知識を伝えて基盤づくりを丁寧に行っているのかという問題があります。

高:

膨大な数の教員すべてに,プロフェッショナルが懇切丁寧に教えるわけにはいかないのが問題ですね。教育指導要領に載るような科目であれば,ある程度均一な質のものになりますが,そうではないので。

第2回に続く

文献・注

(1) 北村英哉・唐沢穣編 (2018).『偏見や差別はなぜ起こる?――心理メカニズムの解明と現象の分析』ちとせプレス

(2) この度,東京都も差別解消の条例案を提出予定であるが(2018年9月),オリンピック開催が決まってからオリンピック憲章の実現のために少数者差別解消ための努力の一環として取り組みが注目されるようになった。LGBTとは,性的マイノリティのレズビアン,ゲイ,バイセクシュアル,トランスジェンダーを示すが,そうした不十分な分類的視点を含む,人に着目した観点ではなく,個人の個性,特性として捉えるSOGI(Sexual Orientation and Gender Identity)という観点も提示されているが,まだ社会的認識が十分ではない状態である。

(3) バナージ,M. R.・グリーンワルド,A. G.(北村英哉・小林知博訳)(2015).『心の中のブラインド・スポット――善良な人々に潜む非意識のバイアス』北大路書房

(4) IAT(潜在連合テスト)とは,概念の連合強度を利用した偏見ないしバイアスの測定方法であり,被検査者が何を測定しているか間接的でわかりにくいうえ,簡単にコントロールしにくいのでうわべの偽りの態度を排除できる利点がある。詳細は注3の書籍参照。

(5) システム正当化とは,現状のシステムを私たちはつい現状維持的に承認,正当化してしまいやすいというジョン・ジョストによる理論。自身の心理的安寧が保てるが,自己にとって有利な方向に社会が変わることを抑制してしまう自滅的な効果がある。

(6) SPSP(Society for Personality and Social Psychology)は,APA(American Psychological Association)の第8部会が独自に開催している年次大会。アメリカの観光地で冬期に開催されるが,全世界から研究者が集う。→webサイト

(7) APS(Association for Psychological Science)とは,APAが実践や臨床に過度に傾いてきたことを受けて,より科学志向の研究者たちが新たに前身のAPS(American Psychological Society)を設立し,2006年に現在の名称になった。→webサイト

(8) 接触仮説とは,偏見の対象者と接触を持つことで偏見が軽減するという考え方。批判は多く,条件を整備しないと逆効果になることも指摘されている。詳細は,『偏見や差別はなぜ起こる?――心理メカニズムの解明と現象の分析』第5章参照。

(9) Allport, G. W. (1954). The nature of prejudice. Cambridge, MA: Addison-Wesley.(原谷達夫・野村昭訳,1968『偏見の心理』培風館)

私たちはなぜ偏見をもち,差別をしてしまうのか? 私たちの社会はどのような偏見や差別に関する課題を抱えているのか? 偏見や差別の問題に,心理学はどのように迫り,解決への道筋を示すことができるのか。第一線の研究者が解説した決定版。


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