「わかる」はどう深まるか
子どもの思考の発達と協同的探究学習
発行日: 2025年1月20日
体裁: 四六判並製312頁
ISBN: 978-4-908736-32-2
本体: 2700円+税
ネット書店で予約・購入する
内容紹介
「わかろう」とする子どもの思考の豊かさとは
子どもが概念的理解を深め、自己肯定感、ウェルビーイングを高めていくことに、高い関心が寄せられている。解決方法が1つに定まらない非定型問題に取り組む子どもの多様な発話や記述を丁寧に読み解くことで,発達や学習を通じて「わかる」が深まる様相を捉える。
目次
第Ⅰ部 「わかる」が深まるとは
第1章 「わかる」ことの現代的意義
第2章 「できる」ことと「わかる」ことの違い
第3章 わかるプロセスを読み解く
第Ⅱ部 「わかる」はどのように発達するか
第4章 「わかる」の発達①:数学的概念がわかるⅠ――比例や単位あたり量(内包量)がわかる
第5章 「わかる」の発達①:数学的概念がわかるⅡ――かけ算やわり算の問題をつくってみる
第6章 「わかる」の発達②:社会や経済がわかるⅠ――値段や流通についてどう考えるか?
第7章 「わかる」の発達②:社会や経済がわかるⅡ――商店をどう経営するか?
第Ⅲ部 学習を通じて「わかる」はどのように深まるか
第8章 探究してわかる
第9章 「わかる」が深まる授業とは――協同的探究学習の開発と検証
第10章 「わかる」の長期的な深まり――学習と発達の関係を考える
終章 「わかる」に着目する教育的意義――教育の質の向上と平等性の実現に向けて
はしがき
これからの時代に求められる力とは?
グローバル化の進展や科学技術の発達、地球環境の急速な変化などさまざまな面で社会が常に変化している状況において、義務教育終了時点で、あるいは高校教育の修了時に子どもたちに求められる力が変容してきていると考えられる。そこで求められるのは、解決方法が定まるような定型の問題(routine problem)に対応し、解決するための個々の知識やスキルだけではない。多様な要因が複雑に関連しながら恒常的に変化する社会的状況の中で、解決方法が一つに定まらない非定型の問題(non-routine problem)に対して、多様な知識を柔軟に関連づけながら思考を構成し、諸事象の本質を理解し(深い概念的理解)、非定型問題の解決を図っていく力や、そのプロセスにおいて他者と協同しながら、相互理解にもとづいて解決を導いていく力が必要になってきていると考えられる。
そのような、多様な知識を関連づけて非定型問題を解決する力に関連して、近年の国際的な教育改革の動向として、「キー・コンピテンシー」や「21世紀型スキル」といった名称で、思考力、問題解決力、協調性、自律性といった、領域一般的な汎用スキル(generic skills)の育成がめざされている。一方で、将来の社会生活において諸事象の本質を捉えて判断する力や他者とともに自分自身を支える力を育てるという点では、そのような汎用スキルを要素分解的に個々に獲得させるのではなく、先ほど述べた非定型問題の解決力のような統合的な力として育成することや、そのような統合的な力を、各領域における諸事象の本質を理解する「深い概念的理解」(deep conceptual understanding)、すなわち「わかる」ことの深まりと関連づけて形成することが重要であると考えられる。
また、最近の国際的な教育動向のもとでは、社会や個人のウェルビーイング(幸福度)を高めることも目標とされるようになっている。欧米の価値観では個人の自己効力感(自分はできるという感覚)が高いことがウェルビーイングを高めることが指摘されているが、関係性を重視するアジアを中心とした文化の中では、自分自身の存在が他者に認められることが自己肯定感(いまの自分で大丈夫だという感覚)を高め、ウェルビーイングの向上をもたらすことも示唆されている。先述の非定型問題に取り組むプロセスで、一人ひとりの子どもが構成した考えがそれぞれに認められるような協同過程を組織することで、お互いの自己肯定感が高まり、その場が「居場所」となることでウェルビーイングが高まることも想定される。
多様な知識を関連づけて深く理解する力やウェルビーイングは育っているか?
学力やリテラシーに関する国際比較調査の結果について、一問一問の心理学的特徴に着目して分析すると、日本の児童・生徒は、学校で学習した知識や技能を直接適用して先ほど述べたような定型問題の解決を行うことには優れているが、多様な知識を関連づけて非定型の問題を解決すること、諸事象の本質を理解することについては相対的に弱さを示しており、またそのようなことができるという自己効力感も低い。たとえば、高校一年生を対象に学校で学習した知識やスキルを日常場面などに活用する力(リテラシー)を測る調査(PISA)では、日本の生徒は定型問題の解決水準の高さに比して、多様な解法や説明が可能な非定型問題に対して多様な知識を関連づけて本質を理解して判断の理由を説明する課題などに相対的な水準の低さを示してきており、また、実生活に関わる問題を数学と関連づけて解決したり実社会の問題の中に数学的な側面を見出したりすることに対する自己効力感が低いことなども示されている(PISA2022年調査)。今後の社会生活に活かしうる非定型問題の解決力や深い概念的理解に課題があることがうかがえる。また、日本の児童・生徒にはウェルビーイングや自己肯定感といった社会性や情意面に課題があることも指摘されてきている。たとえば、先述のPISA調査では高校一年生を対象に生活全般の満足度を心理的ウェルビーイング(幸福度)の指標として測定しているが、〇~一〇の一一段階で七以上の満足度を示す生徒の割合はおよそ国際平均(六〇%程度)か、それ以下にとどまっている(PISA二〇一八、二〇二二年調査)。
それでは、どのようにすれば、子どもの非定型問題の解決や深い概念的理解が達成され、また、自己肯定感やウェルビーイングが高まるのであろうか。それらの問題を同時に解決する一つの鍵は、一人ひとりの子どもが自分自身で考えて「わかろう」とするプロセスや、考えてわかったことを他者と共有しようとするプロセスを発達主体、学習主体としての子どもの視点に立って心理学的に明らかにすることであると考えられる。そして、そのような一人ひとりの思考プロセスを喚起し、さらに自他の多様な考えを関連づけて本質を追究するような学習過程を組織することにより、一人ひとりの非定型問題の解決や深い概念的理解が促されると考えられる。また、お互いの考えを尊重し認め合えるような学習過程を教育場面で組織していくことにより、一人ひとりの自己肯定感やウェルビーイングも高まっていくのでははないかと考えられる。
「わかろう」とする存在としての子ども
子どもは、一人ひとり、物事を自分なりに理解しようとしており、思考を豊かに展開する可能性を有している。他の子どもと同じような速さで学習することが苦手な子どもは、他の子ども以上に自分なりに意味を探究し、時間をかけて自分の考えを構成しようとしているのかもしれない。授業の中で積極的に発言し、仲間と会話を交わしながら思考を展開させていく子どもも見られる一方で、みずから積極的に発言することはなくても、自分の考えと授業で聴いた他の子どもの考えを重ね合わせながら、静かに、でも内的には活発に思考をめぐらせ、理解を深めていく子どももいる。そのような子どもの内的な心の動きを捉え、一人ひとりの「わかる」が深まっていくメカニズムを明らかにしていくことが、心理学としての一つの研究課題であり、本書がめざすところでもある。
一人ひとりの子どもの思考の発達や理解の深まりを捉え、促すには?
それでは、どのようにすれば、一人ひとりの子どもの内的な心の動き、思考や理解の深まりを捉えることができるのだろうか。またそのような内的な動きや深まりはどのようなメカニズムで生起し、促されるのだろうか。そのような問いに答えるために、心理学ではいくつかの研究方法や促進方法が考案されてきた。個別インタビュー、記述型課題に対する思考の構成と表現、協同的問題解決、話し合い直後の個別探究、といったアプローチである。そして、それらのアプローチすべてに共通する鍵になると考えられるのが、一人ひとりの子どもが、さまざまな考え方、解法、解釈などが可能な問題や活動に取り組むことである。先に紹介したように、問題に対する一つの解き方が定まる定型問題に対して、それらの問題や活動などは非定型問題と表現される。
子どもの内的な心の動きや深まりを捉え、活性化させるアプローチを一つずつ簡単に見ていこう。
一つ目は個別インタビューというアプローチである。調査的面接とも呼ばれる。先ほど述べた非定型の問題を一対一の個別場面で子どもに問いかける。クライアントに対してカウンセラーが行う臨床的面接とも共通しているのは、子どもの考えを肯定的に受け止めることである。受け止めたうえで、「本当にそうだね。それでは、どうしてそのように思うのかな?」のように理由を尋ねることで、子どもは自分自身の考えをベースとして思考を展開し、自分自身で多様な知識や情報を関連づけながら理解を深めていくことができる。
二つ目が記述型課題に対する思考の構成と表現というアプローチである。非定型の問題や場面を示したうえで、「どのような言葉でも図でも絵でもよいので、ひとことでもいいので、どのようにして考えたのか、どうしてそう考えたのかを書いてみよう」のように自分の考えのプロセスや理由を自由に書くことを求めることで、子どもは先ほどの個別インタビューに近い形で、自分自身の思考を自分なりの言葉や図式などを用いながら展開することができる。
三つ目は他者との協同による問題解決というアプローチである。これまでに見てきたような二つのアプローチを用いながら、まず一人で考えてみること、何らかの自分なりの考えをもつことを行ったうえで、協同探究、つまり、ペアやグループでお互いの考えを聴き合ったり話し合ったり、クラス全体で多様な考えを発表し聴き合ったりする。自分の考えを説明する相手がいることで考えは精緻なものになっていく。さらに、クラスやグループでさまざまな考えの間の共通点や違い、つながりを考えたり、それぞれの考えの背景や意図を他者とともに考えたりすることで多様な思考が関連づけられ、新たな気づきが生まれ、さまざまな事象についての理解が深まっていくと考えられる。
そして第四のアプローチが、第三のアプローチで示した協同的な問題解決の直後に、一人ひとりの子どももが自分で非定型問題に取り組むこと、協同探究直後の個別探究というアプローチである。多様な思考に触れ、それらが集団場面で関連づけられた直後に自分でもう一度考えてみるという機会があることで、協同的問題解決の場面では発言を行わなかった子どもも含めて、多様な考えを関連づけて、最初に自分で構成していた自身の考えを再構成したり、あるいは物事を捉える思考の枠組みを再構造化したりして、一人ひとりが理解を深めることができると考えられる。
これら四つのアプローチすべてに共通するのは非定型の問いや場面、活動が設定されること、そして、どのような考えも対等に認められるということである。そのことを通じて自分自身の考えを基盤にしながら一人ひとりの子どもは自身の考えを再構成・再構造化し、さまざまな事象に対する理解を深めていくことができる。
また、第三の協同的問題解決や協同探究の場面で、一人ひとりの子どもの考えがまわりの仲間や教師によって対等に認められることで、一人ひとりの子どもは「いまのままの自分の考えや思い、感じ方でいい。みんなが認めてくれている、自分を認めてくれる人がいるからいまのままの自分で大丈夫だ」という思いをもつことから、自己肯定感を高めることができる。そしてみんながお互いを認め合いながらともに自己肯定感を高めていくことでその空間、仲間との関係やクラスは「居場所」になり、そこでの活動に楽しさと居心地のよさを感じて、満足感や幸福度(ウェルビーイング)が高まっていくと考えられる。
以上のようなアプローチを通じて明らかになる、一人ひとりの子どもの思考や理解の豊かさや、ダイナミックな深まり、さらにそれらがもたらす社会性の発達や人間関係の深まりについて具体的な研究事例やそこでの子どもの姿を通じて考えていただくことが本書の目的である。また、そのようなアプローチや知見を知っていただくことで、教師や保護者などまわりの大人が、一人ひとりの子どもに関わっていくときの、またこれからの教育のあり方を考えていく際の一つの視点をもっていただくことができればと考えている。
関連記事
サイナビ!に関連記事を掲載予定です。