知覚的リアリティの科学(4)
社会に活きるリアリティ
Posted by Chitose Press | On 2016年07月22日 | In サイナビ!, 連載私たちは,世の中をありありとリアルに感じて日々を過ごしていますが,そのリアリティはどのように認識されているのでしょうか。豊橋技術科学大学の北崎充晃准教授がリアリティに迫ります。連載の最終回では,バーチャルリアリティが私たちの社会にどう関わってくるのかを考えます。(編集部)
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北崎充晃(きたざき・みちてる):豊橋技術科学大学情報・知能工学系准教授。主要著作・論文に,『ロボットを通して探る子どもの心――ディベロップメンタル・サイバネティクスの挑戦』(ミネルヴァ書房,2013年,共編),Measuring empathy for human and robot hand pain using electroencephalography (Scientific Reports, 5, 15924,2015年,共著)など。
前回,「リアルを意識するのはリアルではないときやリアルを超えているとき」というお話をしました。そんなリアリティあるいはバーチャルリアリティ(VR)が私たちの現実社会とどう関わっていくのかについて,最終回では取り上げたいと思います。
VR元年
産業界は,今年を「VR元年」として一般消費者向けにVRを普及させようと考えています。新聞,テレビ,雑誌などのメディアもVR元年という言葉を用い,さまざまな特集やイベントを行っています。まず,電話,テレビやゲームの拡張としてお茶の間に入ってくることが想定されています。VRが私たちの生活や社会をどう変えるのでしょうか。
新しい体験
VRは私たちが普段体験できない世界や新しい世界をリアルに体験することを可能にします。例えば,病気や障害,高齢などが理由で遠くに移動できない人がテレビでしか見たことのない場所をあたかもそこにいるかのように体験することができます。ヒトにとって移動は本質的欲求の1つとも考えられますし,新しい世界を知ることは知的欲求の最大のものの1つです。下の動画は,旅行代理店Expediaが社会貢献として行っている小児病院の子どもたちへの旅行体験の提供です。子どもが手を伸ばして動物や人に触ろうとしているところが高いリアリティを表しています。
私の研究室でも,首都大学東京の池井寧教授,電気通信大学の広田光一教授と共同で四肢を動かせない人でも自分で歩いているような感覚を体験できる装置を開発しています(2)。人が歩くときには,左右の足を交互に繰り出し,地面に接地しながら前に進みます。同時に,頭部が上下左右に少し揺れ,視野には拡大しながら揺れる映像が流れます。地面への足の接地と視覚映像の揺れはリズミカルで,ある程度一致しています。この視野の揺れと足裏の接地に対応する振動を人工的につくり,ヘッドマウントディスプレイ(HMD)に映像を提示すると足も上半身も動かしていないのに,「歩いてる」感覚が生じます。視野いっぱいに流れる映像は自分の身体が移動している感覚「ベクション」を生じます(第2回記事参照)(3)。これらによって,体験者は映像の中,映像が撮影された場所にいるような感覚「テレプレゼンス」(tele-presence)を感じるのです。
ただし,まだ実際に足を交互に繰り出している感覚をつくり出すには至っていません。リズミカルな足裏振動は歩行中枢を刺激することが示唆されますので,歩行のリハビリや寝たきりの老人の認知症予防に貢献する可能性も今後追求していきたいと思っています。