知覚的リアリティの科学(1)

リアリティ事始め

私たちは,世の中をありありとリアルに感じて日々を過ごしていますが,そのリアリティはどのように認識されているのでしょうか。ふとした拍子に,リアリティが「ゆらぐ」ことはあるのでしょうか。豊橋技術科学大学の北崎充晃准教授が、リアリティに迫ります。(編集部)

Author_KitazakiMichiteru北崎充晃(きたざき・みちてる):豊橋技術科学大学情報・知能工学系准教授。主要著作・論文に,『ロボットを通して探る子どもの心――ディベロップメンタル・サイバネティクスの挑戦』(ミネルヴァ書房,2013年,共編),Measuring empathy for human and robot hand pain using electroencephalographyScientific Reports, 5, 15924,2015年,共著)など。

「知覚的リアリティの科学」というタイトルで,リアリティとは何か,それをどうやって調べることができるのか,心理学とどういう関係にあるのか,最先端のバーチャルリアリティはどうなっているのか,リアリティが変わることで私たちの生活や社会は変わるのかなどについてお話ししていきたいと思います。第1回は「リアリティ事始め」として,普段何気なく使っている「リアル」や「リアリティ」「現実感」について考えてみましょう。

錯視

この写真は,オーストラリアのメルボルンで私が撮ったものです。空港からバスでメルボルン駅に向かっている途中でこのビルが見えて目を疑いました。

Fig1_1

図1-1 現実のカフェウォール錯視(2008年6月19日に撮影)

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駅に着いて,大きなスーツケースを引きずってこの橋のふもとまで戻り,写真に収めました。各階の床が傾いて見えますよね。もちろん,傾いた床のオフィスでは仕事ができませんから,実際には傾いていません。「リアルに傾いて見える」,しかし「現実には床は傾いていない」。ここに,リアルや現実の曖昧さがあります。リアルな感じ,リアリティ,そして現実感というときには,「(物理的現実ではそうではなくても)まるでそのように感じる」という意味が含まれています。ちなみに,これは「カフェウォール錯視」をビルの壁にあしらったデザインです。カフェウォール錯視自体もイギリスのブリストルにあるカフェの煉瓦の壁(wall)で発見されたというのも面白いですよね。

次の動画は,杉原厚吉教授(元東京大学,現在明治大学)が2010年の世界錯視コンテスト(1)で最優秀賞を受賞されたものです。

 Impossible motion: magnet-like slopes (the Best Visual Illusion of the Year Contest 2010)(2)

ボールが坂を登っているように見えます。床にへばりついて,がしがし登って見えるので,ボールに意志があり,お互いに寄り添うように集まっているようにも感じます。途中で答え(現実)が出てきますが,実際にはボールは坂を下っています。しかし,これらの坂がある特別な視点からだけまるで登っている坂のように見えるのです。そこからほんのちょっと視点をずらすともう坂は登って見えません。私たちはこういう特殊な視点を仮定することができないのです。それゆえ,ある一点から坂が登って見えると「どこから見ても登っている坂だろう」と知覚してしまうのです。

また,特殊な視点を用いることで有名なアーティストがフェリーチェ・ヴァリーニ(3)です。次の写真は,彼が名古屋大学につくった作品を私が撮影したものです。ある視点のみから放射状の線が空間上に浮いて見えますが,実際は壁に不連続な線が描かれています。私はこれらの現象や錯視がとても好きです。見ていて楽しいというのもありますが,「人は特殊な視点ではなく一般的な視点を仮定して世界を知覚する」というのが私の博士論文のテーマだったからです(もうほぼ20年前のことなのですが)。

Fig1_2a

Fig1_2b

図1-2 Twenty Points for Ten Straight Crossings,名古屋大学,Felice Varini(2008)(2012年4月28日に撮影)

つまり,脳がいくつかの仮説をもっていて,それに基づき世界の見え方が決まっているのです。そして,物理世界の答えを知っても,もう一度この錯視を見えると,やっぱり登って見えたり,浮いた線が見えたりしてしまいます。

このように「リアルに見えること」の効果はとても強いです。そして,それは知識によって修正することはできず,即座に生じ,自動的で強制的だといえるでしょう。


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