18歳は大人か?子どもか?――心理学から現代の青年をとらえる(2)
大人へのなりかた
Posted by Chitose Press | On 2016年06月21日 | In サイナビ!, 連載解決のためには,何よりもまず,社会が問題の解決の見通しを示すことです。例えば,欧州では「卒業→就職→結婚→子どもをもつ」というキャリア・ルートの規範を崩し,結婚しなくても子どもがもてるようにしています。それは少子化の傾向に歯止めもかけています。もちろん,それが最終的な答えではありません。新しい家族モデルが提案されなければなりませんし,働きかたも含めてそれ以外にもさまざまあります。
若い人たちが安心して他者とつながることができたり,社会から認められる経験が得られたりすれば,若い人たちの試みも違った形で現れます。地元でつながって生きることや社会を変えていくことなどにそれが現れています。
――成年年齢を引き下げたら,成人の自覚を促すことができますか。
早すぎる自立の要請も,遅すぎる自立の要請もよくありません。問題は18歳が早すぎるのかどうかでしょうが,成人の自覚をもつためには,その前提として青年期を十分に経験することが必要です。
青年期は,モラトリアムの時期です。アメリカの心理学者のエリク・エリクソンによれば,モラトリアム(猶予期間)は,労働の義務からまぬがれ,安全なところに身を置いて自由に試してみることで,社会の中の居場所(niche)を見つける時期です。居場所とは,周囲の人たちから自分が認められ,自分のためにつくられたと思えるような場所です。(6)。居場所は,子どもだった過去の自分とこれからなろうとする未来の自分を橋渡しします。
しかし,いまの青年はモラトリアムを十分に経験できていないといわれます(7)。そして,大人になることを急かされていると,アメリカの心理学者のデイヴィッド・エルカインドは警告しています。
今日の青年は,余暇でさえ大人らしく振る舞うことを求められ,間違うことや未熟であることが認められていません。他方で,大人に従順であることが求められたり,保護が必要な場面でも自律の尊重を名目に放置されていたりします。さらには,暴力や麻薬などに犯される危険性が増大しています。急かされて育った青年は,その場その場をやりすごすだけになり,パッチワーク・セルフ(寄せ集め的な自己)しかもてないため,ストレスに弱く,傷つきやすくなっている,とエルカインドは指摘します(8)。
成人の自覚を促したいのであれば,大人になることを急かすやりかたではなく,青年が青年であることを保障し,青年がみずから青年期を卒業するようなやりかたを採用してほしいと思います。
次回は18歳選挙権と主権者教育について考えます。
(→第3回に続く)
文献・注
(1) Arnett, J. J. (2015). Emerging adulthood: The winding road from the late teens through the twenties (2nd ed.). Oxford University Press, p. 8.
(2) Kloep, M., & Hendry, L. B. (2011). Rejoinder to Chapters 2 and 3: Critical comments on Arnett’s and Tanner’s approach. In J. J. Arnett, M. Kloep, M., L. B. Hendry & J. L. Tanner, Debating emerging adulthood: Stage or process? Oxford University Press, p. 117.
(3) Howard, A. L., & Galambos, N. L. (2011). Transitions into adulthood. In B. B. Brown & M. J. Prinstein (Eds.), Encyclopedia of adolescence (Vol.1). Academic Press, p. 377.(白井利明訳,2014「成人期への移行」子安増生・二宮克美監訳,青年期発達百科事典編集委員会編『青年期発達百科事典 第1巻 発達の定型プロセス』丸善出版,p. 222.)
(4) Merser, C. (1987). Grown-ups: A generation in search of adulthood. G. P. Putnam’s Sons, p. 56.
(5) 白井利明 (2005).「現代社会における若者問題の心理と臨床」白井利明編『迷走する若者のアイデンティティ――フリーター,パラサイト・シングル,ニート,ひきこもり』ゆまに書房,p. 256.
(6) Erikson, E. H. (1959). Identity and the life cycle. W. W. Norton, p. 120.(西平直・中島由恵訳,2011『アイデンティティとライフサイクル』誠信書房, p. 125.)
(7) 村澤真保呂 (2012).「失われたモラトリアムを求めて」村澤和多里・山尾貴則・村澤真保呂『ポストモラトリアム時代の若者たち――社会的排除を超えて』世界思想社,p. iv.
(8) Elkind, D. (1984). All grown up and no place to go: Teenagers in crisis. Addison-Wesley, p. 17.(久米稔・三島正英・大木桃代・岡村美奈訳,1994『居場所のない若者たち――危機のティーンエイジャー』家政教育社,p. 37.)