パーソナリティのそもそも論をしよう(4)

パーソナリティのそもそも論をしよう。パーソナリティ心理学の歴史的・社会的文脈と最近の動きとを結びつけることで何が見えてくるのか。渡邊芳之教授と小塩真司教授が対談を行い,北村英哉教授,詫摩武俊名誉教授らを交えて議論を深めます。最終回はパーソナリティの遺伝と環境の問題の背景にあるもの,臨床とパーソナリティの関係について,話が展開されました。(編集部)

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→昨年に連載しました渡邊芳之教授と小塩真司教授による「歴史的・社会的文脈の中で心理学をとらえる」もぜひご覧ください

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遺伝を見るか,環境を見るか

小塩:先ほどの,社会的にあまり変化しなくなったのが遺伝の影響を高めるということはありうるなとちょっと思いました。競馬って環境的にはほとんど変わらないじゃないですか。馬の速さを決めるのって,遺伝要素がすごく大きくなってきますよね。環境の変動の大きさが大きければ,血統が大事だと言われなくなるんだと思うんですけれど。

Author_OshioAtsushi小塩真司(おしお・あつし):早稲田大学文学学術院教授。主要著作・論文に,『Progress & Application パーソナリティ心理学』(サイエンス社,2014年),『性格を科学する心理学のはなし――血液型性格判断に別れを告げよう』(新曜社,2011年),『はじめて学ぶパーソナリティ心理学――個性をめぐる冒険』(ミネルヴァ書房,2010年)など。→webサイト,→twitter: @oshio_at

渡邊:いま,自分のところの卒業論文で,道産子っていう北海道にしかいない馬の訓練の研究をやっている人がいます。なぜ道産子の訓練が研究になるかというと,いままでは道産子は乗馬に使っていなかったんです。乗馬に使う馬が高騰してしまって,使う馬がないからこれまで日常的な乗馬に使っていなかった道産子を乗馬に使おうとしたので,訓練の話になりました。一方で競走馬は,ずっと訓練の仕組みが古くからできていて,その中で差ができてくるのは遺伝だけなんですね。だから遺伝の話になる。競馬が滅びて,サラブレッドを別のことに使わなければいけないということになれば,訓練の話になるんです。

Author_WatanabeYoshiyuki渡邊芳之(わたなべ・よしゆき):帯広畜産大学人間科学研究部門教授。主要著作・論文に,『性格とはなんだったのか――心理学と日常概念』(新曜社,2010年),『心理学方法論』(朝倉書店,2007年,編著), 『心理学・入門――心理学はこんなに面白い』(有斐閣,2011年,共著)など。→webサイト,→twitter: @ynabe39

小塩:そうですね。

渡邊:遺伝を見るか,環境を見るか,育種するか訓練するかは,その動物種がどう使われるかで決まる。特に使われ方が変化するときにそれが変わり,環境が注目される。1960年代,70年代に環境が重視されるようになったのって,人間の使われ方が変わったんですよね。変えなければいけないから。みんなが変わっていくと思っていたら,自分を変えてくれるものを求めますよね。自分を変えるものが遺伝であったり生得的なものであったりする可能性は小さいでしょう。

小塩:そう考えられやすいですね。

北村:人間の使われ方が多様であれば違いますが,資本主義が煮詰まったり,修正資本主義で第三次産業が多くなったりすると,みんな似たような仕事をしなければいけなくなって,みんなコミュニケーションが必要な仕事になってくる。

Author_KitamuraHideya北村英哉(きたむら・ひでや):関西大学社会学部教授。主要著作・論文に,『進化と感情から解き明かす社会心理学』(有斐閣,共著,2012年),『認知と感情――理性の復権を求めて』(ナカニシヤ出版,2003年),『なぜ心理学をするのか――心理学への案内』(北大路書房,2006年)など。→webサイト,→twitter: @pentax

小塩:みんなサラブレッド状態ですね。

北村:環境が大事なのは変わらなくても,サラブレッドや盲導犬みたいに育て方が確立してしまって,よい育て方がはっきりしてしまったら,そこの分散がなくなるから。結局規定率の問題は分散の問題ですから。重要性がなくなるわけじゃなくて,分散がなくなったら,相対的に遺伝の影響が大きくなるわけです。

小塩:そうですね。

渡邊:そうなると,競走馬だと,名門牧場がなくなっていってしまいます。どこで生産されても,結局重要なことは親が誰かになってしまう。

小塩:種牡馬が高騰するわけですね。

北村:人間の能力開発はまだ穴だらけなわけで,まさに学校教育で認知能力を高める方策は研究してきたけれども,非認知特性はまだまだいじれるんじゃないかということがあって。完璧に社交的でコミュニケーションが得意な人間の育て方が確立したら,気色悪いですが,それが確立するまでは,まだ何かあるかもしれないと思って,追いかけるわけでしょう。

小塩:なるほど。確立してしまったら,そこは遺伝重視になってくるわけですね。

北村:大事なのは,遺伝環境交互作用で,遺伝はそんなに簡単なことではなくて,遺伝と環境の相互作用で環境がすごく重要なところもあるわけですね。行動遺伝学の知見が出てきて,みんな学ぶようになってきて知るようになったとしても,いまあちこちの心理学科で遺伝学やゲノム学の授業がされているわけじゃないでしょう。自分を含めて,意外とみんなゲノムや遺伝子そのものの仕組みがわかっているわけではないし,遺伝子そのものを行動遺伝学でいじるわけでもない。構造方程式モデルで,分散の説明率を出すわけだから,どの遺伝子がどう働いて何をしているかということは行動遺伝学でされているわけではないですよね。研究者が両方を手を出すことはあるかもしれませんが。

小塩:実際は調べてもほとんどないようです。1つひとつの遺伝子に関しては。

北村:遺伝子そのものを調べて,それがパーソナリティとどう関係するかをつなげていく研究は今後もっと出てくるでしょうけれど,若い人に向けてもちゃんと授業で伝えているわけではないですね。ゲノムの働きを国民みんなが理解しているわけでも全然ないでしょう。1980年代頃とあまり変わっていない。その間,科学では遺伝の研究が圧倒的に進んだけれども,それがどれだけ教科書に反映されて,高校生が遺伝子のことをわかっているかというと,何もわかっていないですよね。授業をやっていると思いますけど。そこを埋めていって,もっと健全に遺伝といっても遺伝環境交互作用が大事で,それがどういうことで,環境の重要性は変わらない,という話をしないといけないですね。

小塩:遺伝の話をパーソナリティの授業でしていても,考え方やイデオロギーを教える感じになるんですよね。

渡邊:環境の影響については,みんな漠然とした理論をもっていて,それはそんなに間違っていないんだよね。育て方で子どもは変わるでしょう,ってことは大きな間違いではない。一方で遺伝にもっているイメージは千差万別だし間違っていることも多い。いずれにしても人間が環境によって変わる可能性をまったく考えなくなることは考えにくいですよね,例えばパーソナリティ研究で遺伝の影響を重視する時代が来たからといっても,そこにはすごく広大な環境の可能性が残されているし,それはみんなわかっているんだよね。


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