意外といける! 学習心理学(2)

学習研究ってそんなに役に立ちますか?

正しく動作するから困ったことが起こる?

古典的条件づけも道具的条件づけも、人間や動物がこの世界の中で生きていくために重要な役割をもっています。しかし、これらの機能が正しく働いた結果として困ったことが起こることもあります。

たとえばガンの化学治療では、患者は副作用として気分不快や嘔吐感を感じることが知られています。これが無条件刺激として働いて病院での食事に対して味覚嫌悪学習が獲得されてしまい、体力をつけなければならないのに食欲不振に陥るといったケースが知られています。学習のシステムは正常に機能しているのですが、問題が生じてしまうわけです。これを防ぐために、化学治療を受ける前に「通常は口にしないような味の食べ物」を患者に食べてもらい、病院での食事ではなく別の食べ物に嫌悪を肩代わりさせるというアイデアがあります。古典的条件づけの基礎研究が応用されている例といえます(5)

道具的条件づけについても、正常に学習が起こった結果困ったことが起こる場合があります。高校や大学の講義中に私語をしてしまうことはありませんか。私語はいけない、とわかっていても、ついやってしまう人は多いと思います。悪いとわかっていても、なぜ私語をしてしまうのでしょう。道具的条件づけの観点からは、これは「私語をする結果、好ましい状況が生じている」と考えることができます。私語をすると先生に怒られて好ましくないだろう、と思われるかもしれません。しかし、友人とのおしゃべりは楽しいでしょうし、もし友人から話しかけられたときに無視してしまえば、関係が悪くなるかもしれません。私語をする結果、「楽しい」という好ましい結果が生じ、「友人関係の悪化」という悪い結果を避けることができます。行動の結果が、行動を制御しているわけです。

こうした状況を何とかするために、先生が強く叱ればよいと思われるかもしれません。しかし、厳しい注意や叱責といった嫌悪的な結果の効果は限定的であることが知られています。一時的には私語は止むかもしれませんが、次の日、次の週には元通りといったことはよくあります。体罰も同様で、対処法としての効果はあまり期待できません(6)。道具的条件づけという機能が正しく機能した結果として私語が起こっているのですから、道具的条件づけという機能を正しく使って対処することが望ましいのです。

まとめ

古典的条件づけと道具的条件づけがどういったものか、ご理解いただけたでしょうか。外界にある事象間の関係について知識を獲得するのが古典的条件づけ、自分の反応と外界にある事象(結果事象)の関係についての知識を獲得するのが道具的条件づけです。現象としては異なるものですが、実はこれらはお互いに複雑に絡み合って私たちの行動を制御しています。日常的な行動を切り出して、「これは全部が古典的条件づけ」「これは全部が道具的条件づけ」と割り切るのは、なかなか難しいことです。それでも、これらを組み合わせれば、われわれの行動について統一的に議論することができそうだ、と感じていただければ成功です。いろいろと役に立ちそうでしょう?

そうそう、「何か食べた後に気分不快っていう悪い結果が起こるんだから、味覚嫌悪学習は道具的条件づけなんじゃないの」と思った方がいるかもしれません。鋭い。この可能性を検証するために、学習心理学者は「ラットに筋肉麻酔をかけて随意的な反応ができない状態にしても味覚嫌悪学習が起こるか」という実験を行いました。その結果、食べるという随意的な反応がなくとも、味覚刺激と内臓不快感を与えられると味覚嫌悪学習は弱まりはするものの獲得可能であることが示されました(7)。ですので、やっぱり古典的条件づけです。そこまでやるか! でもそういう姿勢、嫌いじゃないぜ!

(→第3回に続く

文献・注

(1) Pelchat, M. L., Grill, H. J., Rozin, P., & Jacobs, J. (1983). Quality of acquired responses to tastes by Rattus norvegicus depends on type of associated discomfort. Journal of Comparative Psychology, 97(2), 140-153.

(2) ガルシア(John Garcia:1917-2012)。アメリカの心理学者で、味覚嫌悪学習の発見者。

(3) Garcia, J., & Koelling, R. A. (1966). Relation of cue to consequence in avoidance learning. Psychonomic Science, 4(1), 123-124.

(4) 自分の行動について行動の原理を当てはめて考えるためのものとして、法政大学の島宗理先生が『使える行動分析学――じぶん実験のすすめ』(ちくま新書)という本を書かれています。

(5) Bernstein, I. L. (1982). Physiological and psychological mechanisms of cancer anorexia. Cancer Research, 42(2 Supplement), 715s-719s.

(6) 行動分析学会による「「体罰」に反対する声明」

(7) Domjan, M., & Wilson, N. E. (1972). Contribution of ingestive behaviors to taste-aversion learning in the rat. Journal of Comparative and Physiological Psychology, 80(3), 403-412.


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