意外といける! 学習心理学(2)

学習研究ってそんなに役に立ちますか?

この実験では、砂糖水をどれくらい飲むかだけでなく、砂糖水を口にしたときのラットの表情も検討しています。ラットは単なる水よりも砂糖水のような甘い刺激をたくさん飲みますし、苦い刺激は飲みません。そこで、水よりもたくさん飲む刺激を口にしたときに表出されるラットの反応と水よりも飲まない苦い刺激を口にしたときの反応を記録し、それぞれ「快反応」「不快反応」と定義しておきます。すると、砂糖水の後に内臓の不快感を経験したラットは砂糖水に対して不快反応を示し、電気ショックを経験したラットは不快反応を示しませんでした。この結果は、内臓の不快感を経験したときには砂糖水を実際に嫌いになり、電気ショックを経験したときには「砂糖水は嫌いじゃないけど、もうすぐ電気ショックが来るぞ」と予測したせいで砂糖水を摂取しなくなったと解釈されます。同じように砂糖水を飲まなくなったラットですが、実は違う知識を獲得していたようです。

このように、古典的条件づけは、末梢的な反射活動が学習されるだけのものではありません。外界に存在する事象の間の関係について学習し、あるときは刺激に対する印象を変え、あるときは「もうすぐ電気ショックが来るかも」といったように未来の予測を可能にするものです。これはラットだけではなく人間でも同様です。過去の学習研究者の中には、唾液分泌のような反射活動の組み合わせで人間行動を説明していこうと試みた人たちもいましたが、現代の古典的条件づけ研究はそれとは大きくかけ離れた世界になっています。

甘いものをどうして食べてしまうのか――道具的条件づけとは何か

道具的条件づけ研究は、ソーンダイクによる問題箱実験に始まり、スキナーによるオペラント行動研究によって大きく発展しました。そのエッセンスの中でも特に重要なのは、「われわれの行動は、その結果によって制御されている」というものです。

「レバーを押してエサを得るラット」というのは、心理学を学んでいると一度は聞いたことがある例でしょう。レバーを押すというのは、唾液の分泌のような末梢的で反射的な反応ではなく、身体全体を使った随意的な行動であり、道具的条件づけではよく用いられる場面です。ラットはレバーを押すという行動レパートリーを生まれつきもっているわけではなく、学習によって獲得されたものです。訓練の様子を追ってみましょう。

まずラットに与えるエサの量を調整し、空腹な状態におきます。これを確立操作と呼び、これによってエサはラットにとって「好ましいもの」になります。空腹なラットを実験箱に入れ、レバーを押せばエサがエサ皿に出てくるようにしても、最初のうちはラットはレバーに触れることもまれですし、エサがどこからいつ出てくるのかも知りません。まずはエサを提示する機械が作動するとエサがエサ皿に出てくるという経験を積ませることで、エサ皿からエサを食べる訓練(マガジン訓練)を行います。続いて、レバーの方を見たらエサを与える、レバーに近づいたらエサを与える、レバーに前足を乗せたらエサを与えるというように、少しずつ訓練を進めていくことで、ラットはレバーを押すという行動を獲得するのです。こうした訓練は逐次接近法(シェーピング)と呼ばれます。

こうした訓練がうまくいく理由は、まさしく「行動はその結果によって制御される」からです。空腹なラットにとっては、エサは好ましい刺激ですが、レバーの方を見る、レバーに近づく、レバーを押すという行動の後には、エサが提示されるという好ましい結果が生じています。このように、人間や動物の行動の直後に好ましい結果が生じると、その行動が増加してくことが知られています。これを強化と呼びます。逆に好ましい結果が生じない、あるいは嫌悪的な結果が生じると、その行動は減少していき、弱化と呼びます。これが道具的条件づけと呼ばれるものです。

これはラットに限って起こることではなく、人間の日常的な行動すべてに当てはめることができる「行動の原理」といえるものです。「どのような行動をとればどのような結果が生じるのか」が学習され、結果の良し悪しがわれわれの行動を制御するわけです。どんな結果を「好ましい」「好ましくない」ととらえるかは、その人の成育暦などに依存して変わりますが、行動の原理そのものは広く確認することができます。みなさんも、自分の行動を振り返り、行動の直後に何が起こっているのかを観察してみてください(4)。よくやる行動の後には、何か好ましい結果が起こっていることに気づくでしょう。僕はダイエットしたいのについ甘いものを食べてしまうのですが、これは「甘いものを食べることによる快楽」という僕にとって好ましい結果が行動を制御しているせいだと考えられます。長い目で見て健康に悪いことであっても、直後に好ましい結果が起こると、その行動は維持されてしまうのです。


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