幼児教育のエビデンスと政策(3)

幼児が育つ環境をつくる――幼児教育の質とは

なぜこれらの評価ツールに注目するのか

なぜ、これらの評価ツールに注目するのでしょうか、5つの点から考えてみましょう。

幼児教育の質を上げるための道具にできる――園内・地域研修での活用

日本の幼児教育全体の質を上げていくには、現場の保育者が自主的に保育を見直し活用できる方法が必要です。専門的にも妥当性がある程度見出せる手段として上記のような評価ツールは有効だと考えられます。改善・向上を試みようとしたときに、質が高まったとわかる指標になります。個別の園の環境や保育者の動き方と指標を組み合わせて見ることで、改善すべき事柄が発見できるでしょう。

特に、子どもの経験のあり方を中心に据えた評価を活用すると、子どもとの関わりの1つひとつを見直すことができます。自分の、また自園の保育を丁寧に捉える営みを積み重ねることで、育ってほしい子どもの姿と保育内容の関係を捉え、さらにはカリキュラムへ議論を深めることができるでしょう。

保育のプロセスを捉える評価である

評価ツールには、環境、保育者の関わり、子どもの姿などそれぞれ特に注目する点が違うものがあるので特徴に合わせて使います。いずれの場合も、保育のプロセスを捉える評価ツールは、具体的な保育について評価を行い、そこでの良さや問題点を探り出すことができます。保育のさまざまな場面でいろいろな保育者について、具体的な子どもの活動やそこでのものや保育者とのやりとりが評価の素材となるので、子どもの活動のあり方が高く評価できない場合に、ものの配置や保育者の関わり方のどこに問題があるかが検討しやすいという利点があります。

幼児教育の成果は成長した後の未来にあります。しかしその望ましい成果のためには、日々の保育において子どもが必要な経験を本当にしているのかを問い続ける必要があります。

ケアと教育の両面から子どもの経験、環境、保育者の働きかけを捉えられる

ケアと教育は、日本の保育所保育指針では「養護と教育」として概念化されています。それは幼稚園教育においても基本となることだと認識されるようになりました。学びは、心の安定や信頼関係で結ばれた人との関わりの中で起きます。したがって、例えばSICSのように、子どもが安心してその場の活動に取り組み、集中しているかどうかを中心として評価することは、日本の保育者の実践的な感覚にも適合し、保育の改善に無理なくつながると考えます。

幼児教育の政策デザインのためにエビデンスを蓄積する

日本の幼児教育は、優れた教育を行っている園もありますが、その良さを説明する材料が十分にありません。幼稚園への学校評価ガイドライン(15)や保育所への第三者評価(16)はありますが、保育内容についての監査の仕組みが確立されているとはいえません。OECD(17)の調査参加国24カ国のうち日本だけが、訓練された評価者による外部の監査が行われていないと回答していました。

現在日本には、幼児教育がどの程度の質を保っているのかというデータが圧倒的に少ないのです。ですから、幼児教育が抱えているはずの課題が、園や地域を越えて共有されず、行政機関の政策決定に実態が反映されにくい状況であるのは、残念なことです。

世界的に妥当性が認識されているこれらのツールを活用しながら、各園がどのような幼児教育を行っているのかのエビデンスを蓄積する道具としても、これらの評価指標は役立てることができるのではないでしょうか。

実際に活用する際の課題

こういった評価の方法を各園で用いるようになるには、ある程度は指導者が必要です。さらに、今回紹介した3つの評価だけではなく、他の評価と合わせて評価の質を捉える手法に熟達し、それを指導法やカリキュラムへとつなぐことのできる専門家の育成が必要です。

今回は、現在重要だと考えられている各園、教室を評価できる指標について述べてきました。他にも、異なる方法で保育全体のプロセス評価と実践を一体化して行ってきた卓越した実践としてニュージーランドのラーニング・ストーリーや、イタリアのレッジョ・エミリア市のドキュメンテーションがあります。次回はこれらの卓越した事例を紹介し、幼児教育の質の向上のために必要なエビデンスと政策デザインについてさらに議論したいと思います。

(→第4回に続く

文献・注

(1) アメリカ合衆国連邦政府 教育省 Goals 2000

(2) AERA (2000). Position Statement on high-stakes testing in pre-K-12 education. Educational Researcher, 29(8), 24-25.
Jennings, J. L., & Bearak, J. M. (2014). “Teaching to the test” in the NCLB era: How test predictability affects our understanding of student performance. Educational Researcher, 43(8), 381-389.
Linn, R. L. (2003). Accountability: Responsibility and reasonable expectations. Educational Researcher, 32(7), 3-13.

(3) Dahlberg, G., Moss, P., & Pence, A. (1999). Beyond quality in early childhood education and care: Postmodern perspectives. RoutelegeFalmer.

(4) Pianta, R. C., LaParo, K. M., & Hamre, B. K. (2008). Classroom Assessment Scoring System: Manual Pre-K. Paul H. Brooks.
CLASSを販売・統括するタッチストーン社のページ
開発者ヴァージニア大学教育学部のページ

(5) OECD (2015). Starting strong IV: Monitoring quality in early childhood education and care. OECD Publishing.

(6) ハームス、T.・クリフォード、R. M.・クレア、D.(埋橋玲子訳) (2008).『保育環境評価スケール①幼児版〔改訳版〕』法律文化社
ハームス、T.・クリフォード、R. M.・クレア、D.(埋橋玲子訳) (2009).『保育環境評価スケール②乳児版〔改訳版〕』法律文化社
埋橋玲子 (2013).「ECERS(『保育環境評価スケール』)にみる保育の質」『子ども学』1, 29-53
埋橋玲編 (未刊行).「保育環境評価の実際」報告書・資料集、平成24年度石川県社会福祉協議会・福祉総合研修センター主催保育ゼミ研修

(7) Uzuhashi (2012). The development of the ECERS in Japan. Paper presented in NAEYC Annual Conference in Atlanta, US, Nov.8, 2012.

(8) Cassidy, D. J., Hestenes, L. L., Hegde, A., Hestenes, S., & Mims, S. (2005). Measurement of quality in preschool child care classrooms: An exploratory and confirmatory factor analysis of the early childhood environment rating scale-revised. Early Childhood Research Quarterly, 20(3), 345-360.
 →著者のサイトで読むことができます。

(9) Environment Rating Scale Instituteのウェブサイト
ハームズとD. クレアがノースカロライナ大学を定年退職後、評価者のトレーニングプログラムを運営するために開設した機関。

(10) Laevers, F. (1994). The innovative Project Experiential Education and the definition of quality in education. In F. Laevers (Ed.), Defining and assessing quality in early childhood education. Studia Paedagogia, Leuven: Leuven University Press, pp. 159-172.

(11) OECD (2008). Starting strong III: A quality toolbox for early childhood education and care. OECD Publishing.
(5)のOECD (2015)を参照。

(12) SICS 2005年版

(13) 秋田喜代美・芦田宏・鈴木正敏・門田理世・野口隆子・箕輪潤子・小田豊・淀川裕美、「保育プロセスの質研究プロジェクト編 (2010).「子どもの経験から振り返る保育プロセス」幼児教育映像製作委員会

(14) (13)p. 28を参照。

(15) 文部科学省 (2008).『幼稚園における学校評価ガイドライン

(16) 厚生労働省(2002)「福祉サービスの第三者評価基準(保育所)
(社)全国社会福祉協議会 (2011).『第三者評価事業評価基準ガイドライン 保育所

(17) (5)p. 57を参照。


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