幼児教育のエビデンスと政策(3)

幼児が育つ環境をつくる――幼児教育の質とは

幼児教育の質を評価する代表的尺度は何か。また何を見ているのか

上記のような、評価指標を使用する原則を理解しているという条件のもとで、質を客観的に評価するための尺度を作ることは質の評価とそれに基づく保育の改善を実質化するうえで、また公費の投入への説明責任を果たすうえで重要です。またアセスメントの内容は、その使用によってどういった視点で質の高さを定義づけようとしているかを表します。

保育者の行っている保育のプロセスを評価する、代表的な尺度を3つ取り上げます。

CLASS――教室での保育者と子どもの相互作用を評価する

保育における保育者の関わり方に焦点を当てたのがCLASS(Classroom Assessment Scoring System;教室アセスメント)です(4)。この尺度はアメリカで開発されました。CLASSは、保育者・教師と子どもの相互作用に焦点を当て、そこでの指導的な営みを、情緒的サポート(肯定的雰囲気、否定的雰囲気、教師の敏感さ、子どもの視点への配慮)、クラスの構成(子どもたちの行動の把握、生産性、指導的な学習形態)、指導のサポート(概念発達、振り返りの質、言語を用いたモデリング)という視点で評価します。

CLASSは、訓練された専門の評価員の観察によって評定されます。種々の構造的な条件との関連や、学業成績の予測性が研究され、確認されています。

ECERS-R 保育環境評価スケール

世界的にこの尺度は保育実践の質の向上をモニターするツールとしての活用が進められています(5)

「保育環境評価スケール」(Early Childhood Environment Rating Scale-Revised: ECERS-R)は、1980年にテルマ・ハームズとリチャード・クリフォード、デビー・クレアによって開発・公刊され、その後改善を加えられた第2版が1998年に作られました。日本版も作成されており(6)、日本でも埋橋玲子による研究(7)と実践現場への保育改善のための適用が実践され報告されています。

保育環境評価スケールは、保育の環境や実際の保育実践について、質の評価の観点を示し、対応する行動的に観察できる指標を取り出したものです。7つの下位尺度(空間と家具、個人的な日常のケア、言葉と思考力、活動、相互関係、保育の構造、保護者と保育者)と43の項目(日本版は41項目)から構成されています。各々の項目が、訓練された専門家の観察によって7段階で評定されます。

このような評価指標にとって大事なことは、下位尺度が全体として十分な信頼性と妥当性をもち、保育の過程と構造の質の関連を示すことと、子どものよりよい発達・学習の結果を予測できるということです。保育環境評価スケールについては、実際にD. J. Cassidy(8)が1313の保育室の検討からおおむね実用に耐えることを見出しています。また、活動/素材(9項目)、言語/相互作用(7項目)の2因子を見出し、この2つの因子の内部整合性が高く、これらの項目と全体の得点との相関がきわめて高くなることも見出しました。ただ、下位尺度によっては信頼性が低いようですので、今後それらの検討が必要になるでしょう。

現在英語版の最新のものはECERS-R 2005年改訂版、乳幼児版(ITERS)が2003年に作成され改訂版(IERTS-R)は2006年に出版されています。家庭的保育向けの評価(FDCRS)は2007年に出版され、そのマニュアルの補足は随時行われています(9)

保育の過程の質を見る――ラーバース(F. Laevers)のSICS

ベルギーのF. ラーバースはCIS(Child Involvement Scale;子どもの夢中度尺度)、SICS(Process-oriented Self-evaluation Instrument for Care Settings;保育施設のための過程を重視する自己評価指標)という尺度を開発しています(10)。OECD(11)でも保育の質をモニターする指標の1つとして紹介されています。

ラーバースは、保育の質を情緒的な安心の度合い(安定度)、熱中度(夢中度)、大人の関与の3つの要素から捉えています。SICSはそのうち、安定度と夢中度を保育者の自己評価によって評価します(12)。子どもが遊びに没頭し夢中になっている状態として5段階で評定する夢中度は、まさに子どもの経験の過程の質の尺度です。遊びの活動が何であったかではなく、子どもがどのように経験していたかを評価するのです。

日本版が秋田喜代美ら保育の質プロジェクト研究チーム(13)によって開発されています。日本版は、細かなチェックリストの表現は「日本の保育実態に合うように、英語の翻訳をそのまま使用するのではなく、ベルギーでの意図を聞き取り日本の保育者のために、より保育の良さや強みを見出していける」(14)内容にしたそうです。同じ言葉でも、文化が異なれば保育者の受け取り方も異なります。外国で作成されたアセスメントを日本で使用するとき、同じ事項について評価しているかどうかに注意して使用する必要があります。

SICSを使った評価は、保育の振り返り(豊かな環境、集団の雰囲気、主体性の発揮、保育活動の運営、大人の関わり方)に活用し、そのうえで改善点を考え、質の向上につなげることができます。日本版の説明をもとにそのステップを説明します。

SICSで捉えられた子どもの「今、ここ」での経験の質評定と、その事例について話し合います。そして、安心度や夢中度の評定がなぜその値なのか、「豊かな環境」「集団の雰囲気」「主体性の発揮」「保育活動の運営」「大人の関わり方」の5つの観点から振り返ります。そしてなぜそうなのか、現状の優れているところを確認し、明日から改善できることを考えます。質の評価と園内研修を組み合わせ、幼児教育の質を高めるツールとしての使用が期待されます。


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