現象としての社交不安(2)

これって正常?異常?――現象の機能を考える

臨床心理学における正常と異常

他にも現象をとらえるための考え方を紹介しましょう。臨床心理学において、正常と異常を区別する基準が4つあると言われています。つまり、適応的基準、価値的基準、統計的基準、病理的基準の4つです(表)。ここでは東京大学の下山晴彦先生の論文(5)に基づきながら、それぞれを紹介したいと思います。

表 正常と異常を区別する4つの基準

abnormal

まず、適応的基準とは「所属する社会に適応しているのが正常で、社会生活が円滑にできなくなったのが異常である」という考え方です。上で挙げたような現象が生じていて、それによってスムーズにことが運びづらくなっている場合、適応的基準において異常である、ということができます。逆に、社会的機能が保たれている、負担がなく過ごせている場合は、適応的基準において正常といえるでしょう。社会的機能とかなり近い考え方です。

次の価値的基準による適応―不適応は、「判断のための理念体系に基づく規範があり、その規範の許容範囲内で行動している状態を正常とし、その規範から逸脱している場合を異常とする」考え方です。例えば、人前で尻込みする人に対して弱虫だと批判する風潮があるグループと、尻込みする人ばかりが集まっているグループとでは、社交不安の現象の意味合いが変わってきます。広く日本の社会や文化においては、挨拶程度に人前で何かをする際に「緊張する……」と言っている人をよく見るように、社交不安は許容される傾向にあるように思います。日常的に不安を語ることの多い文化だと、それを異常視して「症状」とするのではなくむしろ自分の一部、つまり「性格」の一部と見なすような傾向があるという指摘(6)もあります。いずれにせよ、何らかの準拠集団(7)の価値観に照らして異常と正常を線引きするのがこの基準です。あなたは日本という以外にどのような準拠集団に属しているでしょうか。そこの価値観から見るという点が2つ目です。

統計的基準とは「集団の中で平均に近い標準的状態にあるものを正常として、平均から偏奇の度合いが強い状態を異常とする」考え方です。症状に限らず、パーソナリティなどを測定するために、さまざまなテストが臨床心理学や精神医学の取り組みの中から作成されています。これは心理学用語で、「尺度」とも呼びます。社交不安の代表的な尺度としてLSAS-J(8)やSPS/SIAS(9)があります。ここでは一般の方のアクセスのしやすさからLSAS-Jを紹介しましょう。この尺度は1987年、アメリカ・コロンビア大学医学部のM. Liebowitz博士が開発し世界中に広まりました。日本語版とその評価基準が書かれたサイトがいくつかありますので、探してみてください。例えば、合計点が90点以上だと「重度の社交不安症」という目安です。この得点で線引きを検討することができます。ただし、確率的にそうである可能性が高いという判断にとどめておいてください。

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最後の病理的基準は、医学的基準と読み替えてもよいものです。「病理学に基づく医学的判断により、健康と判断された場合が正常であり、疾病と診断された場合を異常とする」考え方です。これにも適応的基準が絡んでいることは上でもお話しました。

正常と異常――誰が決めること?

上に挙げた機能と4つの基準の中で、自分はどういった機能を求めるのか、あるいは、どの正常を求めていて、どの異常と距離をとりたいのか。これはおおげさに言えば、人生に何を求めるのか、どのような人生を求めるのか、というテーマにつながる問いです。正常・異常を自分なりに考えるという行いは、「自分の価値観を再確認させる」という、現象がもつもう1つの大切な機能です。

正常か異常かを考える際の基本は、その現象について「よく知りましょう」ということです。これには私も賛成です。判断の材料を増やしてくれるからです。また、上に挙げたような基準があることを知っておくことも有効だと思います。

ただ、たくさん情報を得たとしても、自分のこととして考えるかどうかはその人任せになってしまいます。ですので、ちょっと突っ込んだ言い方にはなりますが、情報をもとに現象の機能や正常・異常の基準を自分に照らしてみて、思い切って自分なりに考えてみてほしいと思います。何かを思いめぐらせている人は、たとえ知識の運用に誤りがあったとしても外から修正がききますが、何も思いをめぐらせていないと、重たい腰をあげるところから始めなければなりません。後で治療を受けることになったとしても、ここで考えることは治療者にとっても参考になります。そして、読者のみなさんには、これって人間のどういう仕組みで起こっている現象なのだろう、ということも考えてほしいと思います。

自分では正常だと思っているが、そう言い切るのに躊躇することは自然なことです。この現象をもち続けることでどのようなデメリットが将来ありうるのかわからない、という面がおそらく大きく影響していると思います。さすがにこれはすぐれて専門的な判断になるので、治療者の門を叩いた方がよいでしょう。これに限らず、考えあぐねたり、しんどさを感じたりしているときは、信頼できそうな治療者を探して、尋ねてみてほしいと思います。そんな出会いのきっかけを作ってくれるのも、現象の大切な機能なのです。

(→第3回に続く

文献・注

(1) Watson, D., & Friend, R. (1969). Measurement of social-evaluation anxiety. Journal of Consulting and Clinical Psychology, 33, 448-457.

(2) ランメロ,J.・トールネケ,N.(松見淳子監修)(2009).『臨床行動分析のABC』日本評論社

(3) ニーナン,M.・ドライデン,M.(石垣琢麿・丹野義彦監訳)(2010).『認知行動療法100のポイント』金剛出版

(4) 公益財団法人メンタルヘルス岡本記念財団のサイト(森田療法や神経症に詳しいサイト。普及活動や研究助成活動を行っている財団。)

(5) 下山晴彦 (2002).「臨床心理学における異常心理学の役割」下山晴彦・丹野義彦編『講座臨床心理学3 異常心理学I』東京大学出版会,pp. 21-40.

(6) 樽味伸 (2004).「「対人恐怖症」概念の変容と文化拘束性に関する一考察――社会恐怖(社会不安障害)との比較において」『こころと文化』3(1), 44-56.
樽味伸 (2006).『臨床の記述と「義」――樽味伸論文集』星和書店

(7) 池田謙一・唐沢穣・工藤恵理子・村本由紀子 (2010).『社会心理学』有斐閣

(8) Liebowitz , M. R. (1987). Social phobia. Modern Problems of Pharmacopsychiatry, 22, 141-173.
朝倉聡・井上誠士郎・佐々木幸哉ら (2002).「Liebowitz Social Anxiety Scale(LSAS): 日本語版の信頼性及び妥当性の検討」『精神医学』44, 1077-1084.

(9) Mattick, R. P., & Clarke, J. C. (1998). Development and validation of measures of social phobia scrutiny fear and social interaction anxiety. Behaviour Research and Therapy, 36, 455-470.
金井嘉宏・笹川智子・陳 峻文・鈴木伸一・嶋田洋徳・坂野雄二 (2004).「Social Phobia ScaleとSocial Interaction Anxiety Scale日本語版の開発」『心身医学』44, 841-850.


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