尊敬されるリーダー、恐がられるリーダー――影響力と社会的地位の2つの形(4)
なぜリーダーに従うのか?――フォロワーの心理
Posted by Chitose Press | On 2015年12月07日 | In サイナビ!, 連載ところで、結局、マキアヴェリは正しかったのでしょうか? それとも間違っていたのでしょうか? フォロワーはリーダーに従って得をするから従うのだという彼の考えは正しかったといえるでしょう。
それでは、だから恐れられる方がよいというのはどうでしょうか? この連載で紹介した研究結果を総合すると、この考え方は間違っているように思われます。しかし、マキアヴェリが生きた時代は現代とはまったく違った時代でした。領主たちの間での戦争は今よりも頻繁に起きていました。マキアヴェリは、有事の君主のあり方を説いたのだとしたら、恐れられる存在でなければならないというのはあながち間違っていないようにも思われます。
ですが、現代はマキアヴェリの時代とは違います。国際司法裁判所のような国同士の争いを公正に解決するための機関さえあります。有事だから力に訴えて恐れられる必要があるのかどうか、現代的な視点・価値観からよく考えてみなければなりません。くしくも、この連載中にパリで起きた同時多発テロの後、この事件で妻を亡くしたジャーナリストのアントワーヌ・レリスさんはインターネット上に「君たちに憎しみという贈り物はあげない」と題する文章を掲載し、それに対する共感が広がっていると報道されています(10) 。有事にも冷静で力に訴えない人物が尊敬されることがあるのかもしれません。
有事には戦争に勝つことができるようなリーダーを選ばなければならないのか、有事にも平和を目指して努力するリーダーを選ばなければならないのか、とても難しい問題です。マキアヴェリであったら、平和を重視しすぎる君主では、つけこまれて多くの国民を犠牲にすることになるから、はじめからつけこまれないように強い君主を選んでおく方がよいのだと言うかもしれません。それでは、ガンディーであったらどう言うでしょうか? その他のリーダーは?
実証研究は、有事のフォロワーがどのようなリーダーを選ぶかを教えてくれます。しかし、「有事にどのようなリーダーを選ぶべきなのか?」は、善悪の価値判断を含む哲学的な問題で、実証研究の結果からすぐに答えが出るというものではありません。心理学だけでは解決できない問題として、今後への宿題としたいと思います。
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有事における国家のリーダーシップのあり方という難しい問題からいったん離れてみましょう。顔の特徴とフォロワーの心理を扱った研究は、国のリーダーを選ぶ状況を扱っていたため、有事としては戦争を想定していました。しかし、日常的に私たちが接しているリーダーにとっての有事は戦争ではありません。それは、ライバル企業との生産性や技術競争に勝つことが大事な場面かもしれません。ライバル・チームと国際大会への出場をかけて試合をする状況かもしれません。
このような日常的な場面であっても、ライバルと熾烈な争いをするチームからは、多少強引でもチームをぐいぐいと引っ張ってくれる支配力のあるリーダーが望まれるのではないでしょうか。そう考えると、戦争中に求められるリーダー像は、厳しい競争におかれた集団や組織に求められるリーダー像と重なる部分がありそうです。
リーダーについての連載ということで、4回を通して男性についての研究や男性を例にした話が多くなりました(アルファオスの神話は根強いのです)。ですが、協調が大事な場面では女性や女性的な顔の特徴をもった男性がリーダーとして好まれたことを思い出してください。一般に女性的と思われている、他者に対する細やかな心配りや集団内の人間関係に対する気づかいは平時の集団をまとめるために必要なものなのでしょう。ですから、今回紹介したような研究は、女性の社会進出を考える一助にもなるかもしれません。
この連載は、有事のリーダーのあり方とか、リーダーシップ研究が女性の社会進出にどう貢献できるかとか、疑問を提起するばかりで答えを出さずに終わってしまうことになります。もちろん、その一番の原因は筆者の力量不足にあります。ですが、疑問とともにそれを考えるための手がかりを提起し続けることに人文系の学問の存在意義があるようにも思います。この連載が、みなさんにとってリーダーシップにまつわる何かを考えるきっかけになったこと、そしてここで紹介した研究が考えを深めるための手がかりになったことを祈りつつ筆をおきたいと思います。
(連載終了)
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文献・注
(1) マキアヴェリ(池田廉訳)(1995).『君主論〔新訳〕』中央公論社(この記事の中での引用は、この池田訳によっています。この記事で扱っている内容の多くは、第17章で考察されています。)
(2) Price, M. E., & Van Vugt, M. (2014). The evolution of leader-follower reciprocity: The theory of service-for-prestige. Frontiers in Human Neuroscience, 8, Article 363. http://dx.doi.org/10.3389/fnhum.2014.00363
(3) リーダーを尊敬しないからといってリーダーから痛めつけられることはないかもしれません。しかし、リーダーがうまく影響力をふるうことでフォロワーが利益を得ているとしたら、フォロワーはリーダーを尊敬しない人を邪魔者だと思うのではないでしょうか。その結果、リーダーに従わない人は、リーダー本人ではなくフォロワーからひどい目にあわせられる可能性があるとプライスとファン・フクトは指摘しています。リーダーの悪口を言ったらフォロワーが怒るというのは、たしかにありそうな話です。
(4) Little, A. C., Burriss, R. P., Jones, B. C., & Roberts, S. C. (2007). Facial appearance affects voting decisions. Evolution and Human Behavior, 28, 18-27. http://dx.doi.org/10.1016/j.evolhumbehav.2006.09.002
(5) Pound, N., Penton-Voak, I. S., & Surridge, A. K. (2009). Testosterone responses to competition in men are related to facial masculinity. Proceedings of the Royal Society B, 276, 153-159. http://dx.doi.org/10.1098/rspb.2008.0990(男性的な顔の特徴が支配傾向と関係することはいくつかの手がかりから示されています。たとえば、男性的な顔の特徴も支配性も男性ホルモンであるテストステロンと関係しています。この研究では、男性的な顔をしている人ほど、競争に勝った後の唾液中のテストステロン濃度が高くなることを示しています。)
Quist, M. C., Watkins, C. D., Smith, F. G., DeBruine, L. M., & Jones, B. C. (2011). Facial masculinity is a cue to women’s dominance. Personality and Individual Differences, 50, 1089-1093. http://dx.doi.org/10.1016/j.paid.2011.01.032(この研究は、女性についても、男性的な顔の特徴をもっているほど支配傾向が高いことを示したものです。)
(6) 漫画やアニメではない例としては、この領域の第一人者David Ian Perrett博士のサイト(http://www.perceptionlab.com/WEBPAGE/Research/Research.html)へ行き、上から3番目の写真(Masculinity & Femininityと書かれています)を見てみてください。5枚の顔写真は左から右に向かって男性的な特徴が増しています。
(7) Van Vugt, M., & Spisak, B. R. (2008). Sex differences in the emergence of leadership during competitions within and between groups. Psychological Science, 19, 854-858. http://journals.sagepub.com/doi/full/10.1111/j.1467-9280.2008.02168.x
(8) Spisak, B. R., Dekker, P. H., Krüger, M., & Van Vugt, M. (2012). Warriors and peacekeepers: Testing a biosocial implicit leadership hypothesis of intergroup relations using masculine and feminine faces. PLoS One, 7(1), e30399. http://dx.doi.org/10.1371/journal.pone.0030399
(9) リトルらは、もう1つ面白い実験を並行して行っていました。それは、2004年のアメリカの大統領選挙で争ったジョージ・ブッシュとジョン・ケリーが、それぞれ男性的特徴と女性的特徴を備えた顔だったことを利用したものです。2001年の9.11同時多発テロ事件の記憶がまだ残る時期に行われたこの選挙では、男性的特長をもったブッシュが接戦の末にケリーを破ったのでした。リトルらは、まったく別人の顔にブッシュとケリーの顔の特徴を付け足して選挙実験を行いました。この実験でも、本文中で紹介した実験と同じような結果になりました。特別な説明がないときにはブッシュ顔は56%、ケリー顔は44%の票を集めました。ところが有事はブッシュ顔に投票する人が74%に増えたのに、平時にブッシュ顔に投票するという人は39%に減ったのです。
(10) 朝日新聞「テロリストへ――「憎しみという贈り物はあげない」」2015年11月20日朝刊39面