幼児教育のエビデンスと政策(2)

幼児教育の質とその後の育ちへの影響

日本での研究結果はないのか

日本でなされた研究を見てみましょう。

日本でも安梅勅江(11)が、全国の認可夜間および併設の昼間保育園(87カ所)1957名について、子どもの運動、社会性、言語発達への影響を調査し2年後と5年後に追跡調査を行いました。11時間以上の長時間保育を受けた子どもと通常保育を受けた子どもを比較したところ、保育時間や時間帯が子どもの発達に影響するという結果は見られませんでした。時間よりも、家庭での関わりが子どもの発達に適しているか、保護者の相談相手がいるか、保護者が自信をもって育児を行っていく自信があるかといった要因の方が、影響が強かったのです(12)

ただし、これらの調査は保育の質が確保されている認可保育園での結果であり、イギリスやアメリカの、さまざまな質の保育を行っている施設を対象とする調査の結果とは区別して理解する必要があります。

内田伸子らの研究グループは、2007年に、幼児とその保護者、保育者を対象とするリテラシーの発達に関する大規模な調査を報告しています(13)。「幼児調査」として3歳児773名、4歳児914名、5歳児920名の合計2607名を対象にして、読み書き、音韻的意識、絵画語彙検査、アルファベット・リテラシーやリテラシーの道具的価値への気づきが個別の臨床面接によって調べられました。5歳児920名のうち、321名(33%)が追跡調査に協力し、小学校1年生の時点での国語力が比較されました。

同時に「対象児の保護者」1780名について、早期教育への取り組み、子どもの社会性の発達の評価、しつけスタイル、家庭の蔵書数や蔵書のジャンル、親の読書習慣、教育投資額、学歴、収入等が調べられました。さらに、「保育者調査」として、対象児が通園している保育所・幼稚園の保育者100名以上を対象に文字教育観、保育形態、保育環境、子どもへの関わり方について調査が行われました。

この研究では、自由保育中心と一斉保育中心の園に通園した子どもたちの語彙力を比較しています。自由保育とは、用意された遊びを中心とした活動を子どもたちが自主的に選択し発展させる時間が多い形態の保育を指し、一斉保育とは保育者が準備した活動を全員で同時に取り組む時間が多い保育形態を指すものです。その結果、自由保育を受けた子どもの語彙力が高いと報告されています。ただし、年少のときからすでに差があることから、入園前にすでに違いのある可能性が高く、保育の結果とは言い切れません。どちらの保育スタイルを選ぶ家庭か(それは親の最終学歴等による家庭環境の差)に依存するものとも考えられます。

家庭環境の差による影響を考慮に入れると共に、保育環境を直接観察したうえでの評価を取り入れた日本でのさらなる研究が必要です。

この研究では、家庭のしつけスタイルとリテラシーの関係も分析されました。まず、親の養育スタイルに関する質問への回答を因子分析によって分類したところ、共有型、強制型、自己犠牲型に分類されました。共有型の保護者は、子どもを大人と対等の存在と捉えて親子の会話を重視し、経験を共にすることに価値を置いています。強制型の保護者は、権威主義的な子育てをしており、悪いことに対しては力によるしつけもいとわない、子どもは親の言いつけを守るべきと考える、親の思いで子どもの生き方を決めようします。自己犠牲型は、生活のすべてを子どものためで、自分の生活を犠牲にしても子どものために尽くす態度です。

このうち、国際比較調査で共通して表れていた共有型しつけスタイルと強制型しつけスタイルとで日本の子どもについて比較すると、共有型しつけスタイルをとる親の子どもの方が、強制型しつけスタイルの親よりも3~5歳で語彙能力が高かったそうです。

他の指標に関する比較では、3~4歳に見られた差が5歳ではなくなっていました。ただ、この結果だけをもとにすべてを結論づけるのは難しい点があります。1つには使用された指標の問題です。内田らの研究は1995年に行われた調査との比較が目的の1つであり、同じ指標が使用されています。その結果、5歳児のリテラシー習得が48%から80%へ正答率が高い結果となりました。スキル習得の早期化が示されると共に、指標の天井効果により差が表れてこなかった可能性もあります。

2つ目は、小学校以降までの成長を追った研究ではなかったことです。

3つ目に、このスタイルの違いの影響は経済格差の影響との相関が強く、その総合的影響の可能性が排除できません。他にも多くの条件を調査し、家庭の経済力との関連や小学校への影響についても分析しようとしていますが、この調査の結果からだけでは、幼児教育の効果について議論するには情報が不足しています。

上記の海外、日本の研究から見ると、家庭の影響が重要であることは間違いありません。

これらの研究から理想とされる子育てを促進する保護者支援ができればよいわけですが、現実に保護者の行動を理想的なものに変えていくのは並大抵のことではありません。保護者が社会経済的に弱い立場にある場合や、子どもへの接し方について考える余裕がない場合など、親が変化・成長する間にも子どもはどんどん育っていきます。やはり幼児教育そのものが果たすべき役割は大きいのではないでしょうか。同時に、幼児教育の質の中に家庭との連携や子育て支援の要素も考慮に入れた方が、効果が上がりやすいといえそうです。

 次回は、保育の質を評価するツールと、卓説した幼児教育の事例について紹介し、幼児教育の質を高める具体的な方法について考えていきます。

(→第3回に続く

文献・注

(1) Epstein, D. J., & Barnett, W. S. (2013). Early education in the United States. In R. C. Pianta (Ed.), Handbook of early childhood education. The Guildford Press, pp. 3-21.

(2) Howes, C., & Pianta, R. C. (2011). Foundations for teaching excellence: Connecting early childhood quality rating, professional development, and competency systems in States. Paul H. Brookes.

(3) (2)を参照。

(4) NAEYC (2015). Accredited programs. Accreditation of Programs for Young Children.

(5) Sylva, K., Melhuish, E., Sammons, P., Siraj-Blatchford, I., & Taggart, B. (Eds.) (2010). Early childhood matters: Evidence from the effective pre-school and primary education project. Routledge.

(6) Siraj-Blatchford, I., & Sylva, K. (2004). Researching pedagogy in English pre-schools. British Educational Research Journal, 30(5), 713-730.

(7) (6)をもとに秋田(2009)が作成した図2を参照。
秋田喜代美 (2009).「国際的に高まる「保育の質」への関心──長期的な縦断研究の成果を背景に」『BERD』16インタビュー記事,ベネッセ教育研究開発センター

(8) (6)をもとに(7)の秋田(2009)が作成した図3を参照。

(9) Lamb, M. E., & Ahnert, L. (2006). Non parental child care: Context, concepts, correlates, and consequences. In I. E. Sigel & K. A. Renninger (Eds.), W. Damon & R. M. Lerner (Series Eds.), Handbook of child psychology, Vol. 4: Child psychology in practice, 6th ed. Wiley, pp. 950-1016.

(10) (9)pp. 994-995。

(11) 安梅勅江 (2004).『子育ち環境と子育て支援――よい長時間保育のみわけかた』勁草書房

(12) 無藤隆・安藤智子編 (2008).『子育て支援の心理学――家庭・園・地域で育てる』有斐閣

(13) 内田伸子・浜野隆・後藤憲子 (2009).『幼児のリテラシー習得に及ぼす社会文化的要因の影響――日韓中越蒙比較研究、2008年度調査の結果』グローバルCOE国際格差班報告書,お茶ノ水女子大学
内田伸子・浜野隆編 (2012).『世界の子育て格差――子どもの貧困は超えられるか』(お茶の水女子大学グローバルCOEプログラム 格差センシティブな人間発達科学の創成),金子書房
内田伸子 (2010).「日本の子どもの育ちに影を落とす日本社会の経済格差――学力基盤力の経済格差は幼児期から始まっているか?」『学術の動向』15(4), 104-111.
Uchida, N., & Ishida, Y. (2011). What counts the most for early literacy acquisition ? Japanese data from the cross-cultural literacy survey of GCOE Project. PROCEEDINGS; Science of Human Development for Restructuring the “Gap Widening Society”, SELECTED PAPERS, 6, 11-26.


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