尊敬されるリーダー、恐がられるリーダー――影響力と社会的地位の2つの形(3)
影響力の源はアメかムチか? それとも「アメとムチ」か?
Posted by Chitose Press | On 2015年11月30日 | In サイナビ!, 連載尊敬されるリーダー、恐がられるリーダーとは? 進化心理学・社会心理学の観点から社会的地位や影響力の実態に迫ります。連載の第3回は、社会的地位のもつ2つの側面とその影響力の関係、そして地位動機の男女差について考察します。(編集部)
大坪庸介(おおつぼ・ようすけ):神戸大学大学院人文学研究科准教授。主要著作・論文に 『進化と感情から解き明かす社会心理学』(有斐閣,2012年,共著),「仲直りの進化社会心理学――価値ある関係仮説とコストのかかる謝罪」(『社会心理学研究』30 (3), 191-212)。→webサイト
第1回、第2回の記事では、ヒトの社会的地位について動物の順位制とどのように違うのかを考えてきました。簡単にいうと動物の社会の順位制は、どの個体がケンカに強いかによって決まるものでした。それに対してヒトの社会的地位は、力が強いことだけでなく他者からどれくらい尊敬されるかによっても決まるという二重性をもっていました。
尊敬されるためには、ただ能力が高いだけでなく、その能力を他の人たちのために使ってあげないといけないでしょう(このことは第4回の記事で詳しく検討する予定です)。
したがって、ヒトの社会で影響力を行使する手段にはアメとムチがあるといえそうです。今回は、アメとムチを使うことと影響力の関係を調べた研究を紹介し、さらにアメとムチの使い方の男女差について考えます。
トップに立つための2つのやり方
私たちは影響力をふるうために2種類のやり方を使うのでしょうか? この疑問に実証的に取り組んだのは当時ブリティシュ・コロンビア大学の大学院生だったジョーイ・チェンたちでした(1)。チェンは、第2回の記事でも紹介したトレイシー、ヘンリックらとこの研究に取り組みました。
チェンらは実験室にお互いに面識のない5人くらいの大学生を集めて、グループによる問題解決課題をやってもらいました。問題解決課題というと難しそうですが、大学生が実際にやったのは、月面探索に行って遭難したときにどうしたらよいかについて話し合うことでした。
グループに与えられた問題は次のようなものです。遭難したチームは、母船から月面を探索に出ていて事故にあってしまいました。助かるためには、なんとかして歩いて母船に戻らなければなりません。いくつかのサバイバル用品が無事でしたが、全部をもっていくのは大変なので、どれが大事か優先順位をつけなければなりません。ちなみに、サバイバル用品のリストには、丈夫なナイロン製ロープ、簡易ヒーター、方位磁石、飲用水、酸素などが含まれていました。
これは集団場面での影響力の個人差を調べるためによく使われる課題です。実験の参加者は、話し合いをする前に、まず個人的にこの問題に取り組み、個人としての優先順位をつけました。その後、グループとして話し合って、あらためてグループとしての優先順位をつけました。
この課題でどのように影響力を調べることができるのでしょうか? おおまかに次のように考えてください。影響力のある人は、自分の個人的な意見をグループの意見に反映させやすいはずです。つまり、話し合い前に個人的につけた優先順位とグループの優先順位が似ているはずです。反対に影響力のない人は、個人的につけた優先順位とグループの優先順位にへだたりができるでしょう。このように考えて、個人的な優先順位とグループの優先順位が似ている程度を各人の影響力得点としました。
話し合いが終わった後、実験の参加者は、自分以外の全員の印象について評定しました。評定した印象は地位の二重性に対応して、大きく2つに分かれてしました。相手が「強引だった」とか「恐ろしい」といった、相手の支配性についての印象。相手の「能力が高い」とか「傾聴に値する」といった、相手が尊敬に値する人だったかどうかの印象です。
実験の結果は地位の二重性の理論から予測されるパターンになっていました。まず、グループの仲間から支配性が高いと思われていた人ほど影響力が強かったのです。そして、みなから尊敬されていた人の影響力もやはり強かったのです。つまり、支配性が高いと思われた人も、尊敬されていた人もどちらも自分の意見をグループの決定に反映させていたということです。
チェンたちは、影響力だけでなく、それぞれのグループのメンバーに対する好意も評定してもらっていました。面白いことに、尊敬されていた人たちは他の人たちから好かれていましたが、支配性が高いと思われていた人たちは特に好かれていませんでした。
このチェンらの実験から、私たちは力で相手を恐れさせて影響力を行使することができるのと同時に、高い能力を認めさせたり好かれたりすることで影響力を行使することもできることがわかりました。つまり、グループで影響力をもつためにはムチだけでなく、アメを使うこともできるということです。ただし、みなから好かれたければアメを使う方がよさそうです。