尊敬されるリーダー、恐がられるリーダー――影響力と社会的地位の2つの形(2)

社会的地位の光と陰

尊敬されるリーダー、恐れられるリーダーとは? 進化心理学・社会心理学の観点から社会的地位や影響力の実態に迫る連載の第2回。今回は親和動機と地位動機について、そして社会的地位のもつ2つの側面について考察します。(編集部)

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Author_OhtsuboYohsuke大坪庸介(おおつぼ・ようすけ):神戸大学大学院人文学研究科准教授。主要著作・論文に 『進化と感情から解き明かす社会心理学』(有斐閣,2012年,共著),「仲直りの進化社会心理学――価値ある関係仮説とコストのかかる謝罪」(『社会心理学研究』30 (3), 191-212)。→webサイト

第1回では、ヒトは高い地位につき、他者に影響力をふるいたいという地位動機があるのかという問題について考えました。動物の社会を考えるときには資源保持力に応じた順位制ができるかどうかを見ればよいのに、ヒトの場合は力ではなく他者から尊敬されるかどうかが大事だということがわかりました。南米の狩猟採集民を対象にした研究では、みなから尊敬されている人は、そうでない人よりも多くの子どもをもうけて、村の会議でも意見が通りやすいということが明らかにされていました。しかし、このような人たちは本当に地位動機に基づいて行動しているのでしょうか? 単に、みなに好かれて受け入れられたいという親和動機に基づいて行動しているだけなのではないでしょうか?

今回は、ヒトは本当に親和動機と地位動機の2つをもっているのかという問題を最初に考えてみたいと思います。その後、他者に影響力を行使したいという気持ちの強さについて考えます。これは、地位動機の強さといってよいように思われるかもしれませんが、心理学の研究結果を見ると必ずしもそうともいえないようなのです。それらの結果から見えてくるのは、ヒトの社会的地位には光と陰の側面があるのではないかということです。尊敬されるというのはその一面にすぎないのかもしれません。

ヒトは本当に地位動機をもっているのか?

もしどこかで心理学について学んだことがある人であれば、人間の基本的欲求を5段階のピラミッドのような図に表したアブラハム・マズローの理論について知っているかもしれません(1)。マズローは、食欲・性欲・睡眠欲などの生理的で低次の欲求から、自己実現の欲求という高次の欲求まで人間には5種類の基本的な欲求があると考えました。

マズローの理論では、上から3番目に愛情への欲求がおかれています。これは、他者から愛されたい、集団に受け入れられたいという欲求で、いわゆる親和動機です。マズローはその上に尊敬への欲求を位置づけました。尊敬への欲求は、自分自身を尊敬したいという欲求と、他者からの尊敬を得たいという欲求の2つからなっています。他者から尊敬されたいという欲求は地位動機ということができるでしょう。

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マズローの理論は、1943年という実験社会心理学の黎明期に発表されたこともあり、厳密な科学的研究の裏づけがあったわけではありません。ですが、親和動機があるということについては、その後の多くの心理学者も認めるようになりました。というのも、社会的に排斥されることが私たち人間にとって非常に大きな苦痛であること、それとは反対に安定した社会的ネットワークの中にいることが心理的な安寧をもたらすことが多くの実証研究で明らかになっていったからです(2)。これらの証拠は、私たちに他者との安定した絆を求める欲求(つまり親和動機)があることを示しています。

親和動機が多くの心理学者に受け入れられた一方、地位動機が本当にあるのかどうかについては研究者の間でも意見が一致していませんでした。しかし、2015年になって、社会心理学者のキャメロン・アンダーソンとその共同研究者が、はたしてヒトには地位動機があるのかどうかを徹底検証した論文を発表しました(3)

アンダーソンらは、まず地位が高いとは何かという問いから出発します。何をもって地位が高いとするかについて、必ずしも研究者の意見が一致していなかったからです。ですが、地位が高いとは他者から尊敬されていることであり、他の人たちが自発的にその人をサポートしてくれることであるという点ではほとんどの研究者の意見が一致しています。

アンダーソンらは、この2つをもって地位が高いことだと定義しました。その結果、権力をもつこと、経済的に裕福なことは地位が高いこととは別だとされました。権力をもっていたり裕福であったりしても、安定した地位についていると感じない人がいたり、まわりと比較して自分はまだまだだと思う人がいるからです。このあたりは、研究者の間でも意見が分かれるかもしれません。ですが、まずはアンダーソンらの文献研究の結果を見てみましょう。


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