幼児教育のエビデンスと政策(1)

注目される幼児教育のエビデンス

幼児教育の質を高めるための評価・モニター

Starting strong III(4)では、こうした質を担保するために必要なことは何かを引き続き探究し、①目指すべき質の目標や最低基準、②カリキュラムや学びの基準、③保育者の質、④家庭や地域の参与、⑤データ収集と研究、モニタリング、という5つの領域について各国のデータを集めました。ところがこの中で⑤への取り組みが不十分な国が多いと述べられています(この5つの領域については、次回以降でも触れていきます)。

そこで、OECDは引き続き⑤の分野について調査を重ね、その4巻目の報告書Starting strong IV(『人生の始まりこそ力強くIV――幼児教育・保育の質をモニターする』)がつい先日発刊されました(5)。この報告書に関する講演が、2015年の夏に東京大学発達保育実践政策学センターの設立記念シンポジウムで行われました(6)

OECDの政策研究アナリストである田熊美保さんと、イギリスのオックスフォード大学エドワード・メルフィシュ教授の報告では、教育の質を考えるとき、機能的・構造的な質に加えてプロセスの質を見ることが重要だと繰り返し強調されていました。

メルフィッシュ教授は、イギリスのSEED調査(乳幼児期の教育と発達に関する調査)に長年取り組んできた人物です。オックスフォード大学のKathy Sylvaたちと協働で行ってきたSEED調査やEPPE(The Effective Provision of Pre-School Education;就学前教育の効果的な規程)プロジェクトは、1997年に開始した大規模な縦断調査により貴重な実証的なデータを収集してきました(7)。さまざまな社会的文化的背景の子どもたちを対象に、家庭や幼児教育および小学校教育の影響を検討するために、3000人以上の子どもを対象にしています。その中には、どんな就学前の施設にも通っていない子どもたちも含まれています。また、1000の保育施設で、保育環境評価スケールECERS-RとECERS-Eを使用して、子どもがどの保育施設に通っていたかだけではなくどのような質の施設にいたかを、その後の子どもの成長や学校での成功と関連づけられるように調査しています(8)

第1段階では、全国規模の学力検査を行う小学校終了までをStage 1、第2段階の調査では高校終了をStage 2として就学前教育の影響がどの分野に残るかを調べました。その結果、次の6つの要因が学業成績に影響を与えることがわかりました。

 ① 子どもの個別の要因(例えばジェンダーや出生時の体重)
 ② 親の特徴(家庭の言語、親の教育歴)
 ③ 家庭の学習環境(家庭での学びの機会)
 ④ 近所や地域の特徴
 ⑤ プレスクール(就学前教育)の有無と出席状況
 ⑥ 小学校の経験

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Sylvaたちは数的認知能力や言語、社会性との関連を追跡調査し続けた後、これらの要因の相互作用についても分析しています。すると、家庭の学習環境が良い場合はプレスクールに参加していなくても肯定的な結果が見られました。一方、家庭の学習環境に恵まれない子どもたちが質の高いプレスクールに参加している場合に、最も肯定的な影響があったといいます。

デンマークでは、子どもの全人口を対象にした研究が行われ、2011年に報告されています(9)。背景になる要因を統制したうえで比較すると、プレスクールのより良い質が、9年生(15歳、日本の中学校3年生)でのより良い成績と関連していたと報告されています。

こうした報告から就学前の1年半前後の教育が小学校入学後10年以上経っても継続して見られていることは、驚きに値するものです。

ただ、集団に入れていればよいのではない、質の高い就学前教育をいかにして保障するかを、さまざまな国で大切に考えようとしています。その質を評価するさまざまなツールが開発され使用されています。また、評価を公表するだけではなく、目標とされる質を目指して各園がどのように取り組んでいけばいいのかを評価者がアドバイスをして幼児教育の質を高めていく仕組みができている国もあります(10)

ただし、もう1つ考えておかなければいけないことがあります。就学前教育の質以上に、家庭教育の質が子どもの育ちに影響を与えるということです。

NICHD(アメリカ国立小児保健・人間発達研究所)による縦断研究(1991年生まれの1364組の乳児を抽出し、11歳まで子どもとその家庭を追跡(11))では、保育者の言動の量や質が子どもの認知的・言語的な能力の指標と関連していたといいます。また社会的・情動的発達とも関連しており、2歳頃に高い水準の保育を経験していると行動的問題が少なく社会的コンピテンスが高くなっていました。また質の高い施設での保育は母子相互作用に肯定的な影響がありました。質の高い施設での保育がどのように母子相互作用に影響したのかは、この調査だけではわかりません。

親子関係に関する研究は数多くなされてきましたが、具体的な親子関係の改善方法について行われた研究はまだ十分ではなく、今後の子育て支援に関する研究の蓄積が待たれます。

次に考えていきたいこと

就学前教育では、子どもがその本来の能力を十分に発揮できるよう成長するために必要な、質の高い他者との関わりや生活経験を、権利とし保証されることを目指していくべきです。

そのためには、就学前教育へのアクセスを広げるべきでありますが、同時に質の低下を招かないという条件を満たす必要があります。一定以上の質を担保したうえで広く就学前教育が普及されれば、児童・生徒間の社会的・経済的格差を縮め全体のパフォーマンスの向上と公平性を向上することができる(12)はずです。

では、日本の就学前教育で目指すべき「質」をどのように定義、評価し、その評価のプロセスを質の向上に結びつけていくとよいか。次回考えていきましょう。

→(第2回に続く

文献・注

(1) OECD (2001). Starting strong: Early childhood education and care. OECD Publishing.

(2) OECD編(星三和子・首藤美香子・大和洋子・一見真理子訳)(2011).『OECD保育白書――人生の始まりこそ力強く:乳幼児期の教育とケア(ECEC)の国際比較』明石書店(原著2006年)

(3) OECD (2012). Starting strong III: A quality toolbox for early childhood education and care. OECD Publishing.

(4) (3)を参照。

(5) OECD (2015). Starting strong IV: Monitoring quality in early childhood education and care. OECD Publishing.

(6) 東京大学大学院教育学研究科附属発達保育実践政策学センター設立記念シンポジウム,2015年8月22日

(7) Roskos, K. A. (2013). Every teacher learning: Professional development design in P-3 literacy practice. In D. R. Reutzel (Ed.), Handbook of research-based practice in early education. The Guilford Press, pp.15-26.
Melhuish, E. C. (2004). A literature review of the impact of early years: Provision on young children, with emphasis given to children from disadvantaged backgrounds. Institute for the Study of Children, Families & Social Issues. Birkbeck, University of London. Prepared for the National Audit Office.

(8) Sylva, K., Melhuish, E., Sammons, P., Siraj-Blatchford, I., & Taggart, B. (Eds.) (2010). Early childhood matters: Evidence from the effective pre-school and primary education project. Routledge.

(9) Bauchmüller, R., Gørtz, M., & Rasmussen, A. W. (2011). Long-run benefits from universal high-quality pre-schooling. Centre for Strategic Educational Research.

(10) (2)を参照。

(11) NICHD Early Child Care Research Network (Ed.) (2005). Child care and child development: Results from the NICHD study of early child care and youth development. The Guilford Press.

(12) (2)を参照。
 (7)のMelhuish(2004)を参照。


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