現象としての社交不安(1)

臨床心理学入門としての社交不安

社交不安という現象に触れることの面白さ

塞翁が馬なこと、他にもあります。先ほど社会心理学が私の入り口にあったお話に少し触れましたが、その後は大学院で臨床心理学を専攻し、大学での教育・研究・臨床活動に加えて、産業領域で臨床活動を行っています。もともと臨床心理学志望ではあったのですが、大学の学部で頑張って勉強してみた社会心理学は、臨床心理学を始めてさらに進めていくうえでも大きく役に立ちました。

大学院では丹野義彦先生の『認知臨床心理学入門』(7)を繰り返し読んで臨床心理学の考え方を身につけましたが、基礎的な心理学領域の学習はここで紹介されている認知行動療法という心理療法の理解におおいに貢献しました。今振り返ってみて、なぜ臨床心理学に社会心理学などが役に立ったのか、その理由を考えてみましたが、社交不安は病気として見るなら社交不安症と呼ばれる一方、その身近さから、臨床心理学以外の領域、例えば社会心理学や文化心理学、認知心理学からのアプローチも盛んな現象です。社会心理学を始めとして、さまざまな基礎的な心理学領域で言われていることは、クライエントが抱えるひとまとまりの出来事や悩みという現象を、さまざまな視点から捉えるための良いトレーニングになるのだろうと思います。

ちょうど、絵を描くときに言われる、デッサンの大切さを思い浮かべてもらったらよいと思います。たしかにデッサンの訓練を経なくても心を打つ芸術作品は生まれるかもしれませんが、デッサンが基礎であると重要性を説く人も多いようです。目の前におられる方について、心理学のパラダイムを応用しながら考えて表現する、ということを繰り返す訓練は、臨床実践の基礎訓練としてもけっこう大事だと私は考えています。これでは自分の個性が出せない、目の前の方の詳細には触れることができない、という人もいるかもしれませんが、NHKの「デザインあ」という番組の「デッサンあ」コーナー(8)でも表れているように、それぞれの人のデッサンはそれぞれ個性的ですし、それなりに真に迫っているように感じます。このあたりのことについては、また別の機会にでも論じたいと思います。

臨床実践上でも有益な点があります。ここまでの文章に表れているように、私は基本的には一般の人でも当てはまりそうなことをスタート地点として援助を考えたい方なので、心理学が追い求めてきた法則性はたしかに役に立つように感じています。そして、法則性が必ずしも当てはまらない人を見ると、その人のいきいきとした個性に触れたような感覚が出現します。もちろん法則性がそのまま表れている場合もよくありますが、法則性が必ずしも当てはまらない部分にその人の大切な何かが潜んでいるように感じるのです。このように、その人のその人らしい部分を透かして見せてくれる良さを基礎研究はもっており、それを学ぶのに適している現象の1つが社交不安という現象だと私は思っています。

社交不安は人間らしい現象で、この現象のメカニズムについての研究(9)の考え方も面白いですし、近年の注意機能との関係に関する新しい展開(10)にも興味がそそられます。しかし、この連載では、「現象そのもの」というよりは、学術論文としてはあまり書けない「現象を取り巻く現象」について、焦点を当てていこうと思います。第2回では社交不安の正常性・異常性の線引きをどのように行うのかについて、第3回では社交不安と文化の関係について、第4回では社交不安を取り巻く現象からどのような人間の本質が見えてくるかについて考えてみる予定です。

(→第2回に続く

文献・注

(1) 日本精神神経学会精神科病名検討連絡会 (2014).「DSM‒5 病名・用語翻訳ガイドライン(初版)」『精神神経学雑誌』116(6), 429‒457.

(2) 菅原健介 (1998).『人はなぜ恥ずかしがるのか――羞恥と自己イメージの社会心理学』サイエンス社

(3) 佐々木淳・菅原健介・丹野義彦 (2005).「羞恥感と心理的距離との逆U字的関係の成因に関する研究――対人不安の自己呈示モデルからのアプローチ」『心理学研究』76(5), 445-452.
佐々木淳・菅原健介・丹野義彦 (2001).「対人不安における自己呈示欲求について――賞賛獲得欲求と拒否回避欲求との比較から」『性格心理学研究』9(2), 142-143.

(4) Engel, G. L. (1977). The need for a new medical model: A challenge for biomedicine. Science, 196, no. 4286, 129-136.

(5) 日本認知心理学会編 (2013).『認知心理学ハンドブック』有斐閣
篠原彰一 (2008).『学習心理学への招待――学習・記憶のしくみを探る〔改訂版〕(新心理学ライブラリ)』サイエンス社

(6) 長谷川寿一・新田徹 (1999).「心はどのように進化したか」『ゑれきてる』74.

(7) ドライデン,W.・レントゥル,R.(丹野義彦監訳)(1996).『認知臨床心理学入門――認知行動アプローチの実践的理解のために』東京大学出版会

(8) 「デッサンあ」NHK

(9) Clark, D. M., & Wells, A. (1995). A cognitive model of social phobia. In R. G. Heimberg, M. R. Liebowitz, D. A. Hope & F. R. Schneier (Eds.), Social phobia: Diagnosis, assessment, and treatment. Guilford Press. pp. 69-93.

(10) Amir, N. et al. (2009). Attention training in individuals with generalized social phobia: A randomized controlled trial. Journal of Consulting and Clinical Psychology, 77(5), 961-973.


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