心理学研究は信頼できるか?――再現可能性をめぐって(1)

三浦麻子(以下、三浦):

Author_MiuraAsako三浦麻子(みうら・あさこ):関西学院大学文学部教授。主要著作・論文に 「オンライン調査モニタのSatisficeに関する実験的研究」(『社会心理学研究』31(1), 1-12, 2015,共著)「東日本大震災時のネガティブ感情反応表出――大規模データによる検討」(『心理学研究』86(2), 102-111, 2015,共著)。→webサイト →Twitter(@asarin)

再現可能性問題について「関心をもった」きっかけは、数年のうちに、BemのJPSP論文出版、BarghとDaniel Kahnemanのそれをはじめとする社会的プライミング研究に関する論争、Stapelらの研究不正問題など、心理学における科学的研究とは何なのか、どうあるべきなのか、を考えさせられる出来事が立て続けに起こったことです。そして、Perspectives on Psychological Science(PPS)誌での特集号の刊行(2012年秋)があり、こうした出来事が実際に権威ある国際誌の査読システムを変えるに至りそうだ、ということを知ったことです。つまり、単なる対岸の火事でもなんでもなく、この問題が、自らの研究に直接的な影響を与えることになるのだ、ということを自覚したわけです。こうした事態の進行と同業者たちの反応は、Twitterを見ていると手に取るようにわかりました。

ただしそれだけでは、先行研究の追試という形で、また「自ら」この問題に取り組もうとは思わなかった、かもしれません。研究不正やQRPsについては襟を正せば、また、査読システムの変化には、ルールに愚直に従ったやり方をすればよいだけです。別に追試に積極的に取り組む必要はないでしょう。

再現可能性問題の他にも、興味をひかれる、つまり「手をつけてみたい」テーマは毎日のように現れますが、そのすべてに手をつけることは(当然ながら)ありません。実際に手をつけるには、「手をつけられる」と思えるテーマであることが必要で、そのためには(少なくとも私にとっては)手を組める人材に見当がつけられることが何より大切です。それが思い浮かばないテーマは「まあ、誰かやるやろ」と手放すことになります。また、私はやれるとなれば「すぐやる課」なので、企画をじっくり温めるようなことはしません。すぐに動きます。

両者がうまく同期した研究テーマの1つが再現可能性問題でした。前述のPPS特集号の刊行を知ってすぐに読書会を企画し、その企画が盛り上がった現場であるTwitterと、ちょうど開催された日本社会心理学会の大会@筑波大学(2012年)などを通してメンバーを募りました(13)。この企画を共同していたか、公表前から参加を表明してくれていたメンバーがほぼそのまま研究プロジェクトのメンバーになっています。池田さん以外とは企画前から交流がありましたが、共同研究をしたことはなかったし、テーマ的にその後も直接絡むことは難しかろうと思っていたので、良いチャンスだと思いました。池田さんとはそれまでまったく面識がなかった、というかお名前すら存じ上げなかったのですが、平石さんが「このテーマならぜひ彼を」と推薦してくださったのは僥倖でした。

たくらみどおり、この読書会が非常に面白かった(個人的に、多人数でやる読書会が面白いと思った経験はあまりなかったので、これは印象的でした)ので、これは内容もメンバーもいいし、プロジェクトとしてものにすることができそうだな、というある程度の確信を得たのです。もう少しかっこよく言うと、多士済々な研究者たちと一緒にやるテーマとして、これ以上適切なテーマはない、と思ったのです。何が面白かったか、については、要約すると「組織的な追試というやり方でこの問題に取り組むことには大きな意義がある」と実感した、ということになります(14)

お題目以上の実質的な仕事に実際に着手できた理由は、2回目のチャレンジで科研費をいただくことができたからにほかなりません(15)。自分(たち)は「筋が良い」と思っている研究テーマが、それ以外の同業者によって取り組むべき研究テーマだと認められた、ということは大きな意味をもちます。それがなければ、あまり実践を伴わない、啓発的な見かけをした実際は自己満足ないくつかの取り組みに終始し、そのうちに忙しさに取り紛れて盛り下がってしまったかもしれません。

第2回に続く

文献・注

(1) Bem, D. J. (2011). Feeling the future: Experimental evidence for anomalous retroactive influences on cognition and affect. Journal of Personality and Social Psychology, 100, 407-425.

(2) Aldhous, P. (2010). Is this evidence that we can see the future? New Scientist, 11 November.

(3) Hauser事件の顛末については、ここらへんが結論になるかと思います。
Couzin-Frankel, J. (2014). Harvard misconduct investigation of psychologist released. ScienceInsider, 30 May.

(4) Alan Sokal:物理学者であるSokalが、物理学や数学などの専門用語をでたらめに用いた論文を作成し投稿したところ、人文社会学系の雑誌に掲載されてしまったという事件がありました。このことによって、これら雑誌の編集者、査読者が、自然科学の概念を濫用していたことが暴かれました。Bemもまた、心理学論文の“作法”をでたらめに用いた論文をJPSPに載せることで、心理学者の研究手法のでたらめさを指摘する意図があったのかと、当時の私は考えました。
ソーカル,A.・ブリクモン,J.(田崎晴明・大野克嗣・堀茂樹訳)(2012).『「知」の欺瞞――ポストモダン思想における科学の濫用』岩波現代文庫、岩波書店

(5) Bemについては、拙文を紹介させていただきます。
平石界 (2013).「裏から読んでも心理学 超能力ってどうなんでしょうか?」『心理学ワールド』61, 32.

(6) Bones, A. K. (2012). We knew the future all along: Scientific hypothesizing is much more accurate than other forms of precognition—A satire in one part. Perspective on Psychology Science, 7, 307-309.

(7) Social Psychology Network
Twitter:@SocialPsych

(8) Bargh, J. A., Chen, M., & Burrows, L. (1996). Automaticity of social behavior: Direct effects of trait construct and stereotype priming on action. Journal of Personality and Social Psychology, 71, 230-244.

(9) Doyen S., Klein O., Pichon C. L., Cleeremans A. (2012). Behavioral priming: it’s all in the mind, but whose mind? PLoS ONE, 7(1), e29081.

(10) Bargh, J. A. (2012). Priming effects replicate just fine, Thanks: In response to a ScienceNews article on priming effects in social psychology. Psychological Today, May 11.

(11) 読書会Webサイト「「実験結果の再現可能性」特集号読書会」

(12) 問題のある研究実践(QRPs)については、『心理学ワールド』68号の平石・池田論文に詳しい。
平石界・池田功毅 (2015). 「心理学な心理学研究――Questionable Research Practice」『心理学ワールド』68, 5-8.

(13) (11)を参照。

(14) 詳しくは『心理学ワールド』68号の三浦論文を参照。
三浦麻子 (2015). 「心理学研究の「常識」が変わる?――心理学界における再現可能性問題への取り組み」『心理学ワールド』68, 9-12.

(15) 科研費研究Webサイト「Replicability in Psychological Science(心理学における実験結果の再現可能性)」


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