心理学研究は信頼できるか?――再現可能性をめぐって(1)

2015年の8月にScience誌に衝撃的な論文が発表されました。査読付きの主要な学術誌に発表された心理学と社会科学の研究論文100件についてその結果の再現を試みたところ、同じ結果が得られたのは39%にすぎなかったというのです。2010年以降、心理学の中で研究の信頼性に関する問題がクローズアップされています。何が問題となっているのか、またそれに対してどのような対応が進められているのかを、日本でこうした問題に取り組まれている研究者の方々に話を伺いました。

取り組みのきっかけ

――こうした問題に取り組もうと思ったきっかけは何だったのでしょうか。そのときにどう思ったのかも教えてください。

池田功毅(以下、池田):

Author_IkedaKoki池田功毅(いけだ・こうき):中京大学心理学研究科・日本学術振興会特別研究員PD。主要著作・論文にShape and spatial working memory capacities are mostly independent(Frontiers in Psychology, 6, 581, 2015,共著)Fearful faces grab attention in the absence of late affective cortical responses(Psychophysiology, 50(1), 60-69, 2013,共著。→webサイト →Twitter: English(@kokiikeda) →Twitter: 日本語(@kokiikedaJP)

2010年に、Daryl Bemの超能力論文(1)が社会心理学のトップジャーナルであるJournal of Personality and Social Psychology(JPSP)誌に近々掲載されるというニュースをNew Scientist(2)で読んだことが直接のきっかけでした。

人間に未来予知が可能であるというこの論文の結論は、無論現代科学の視点からはありえない内容です。その掲載をJPSPが認めたということは、いわば心理学が自然科学全体を否定したという意味にもとれました。私はいったい何が起こっているのかわからず、非常に困惑したのを覚えています。

Bem論文によって示された問題は、データ改竄や捏造などとはまったく質の異なる、心理学研究の本質に関わるものでした。Bem論文はJPSPが制定している正規の査読システムを通過して掲載が決定されました。すなわちそれが意味するところは、これまで「正しい」とされてきた心理学研究の方法は、明確な疑似科学に基づいた虚偽の報告を見抜くことができない、何か科学として根本的な欠陥があるものだということです。そして何よりも重要なことは、我々心理学者全員が、その間違ったシステムの中でこれまで研究を行ってきたという事実です。それは端的に、我々自身のこれまでの研究報告の中にも、多くの嘘が隠されている可能性があることを示しています。

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それ以降、私は自身の研究遂行に大きな不安を抱えることになりました。この問題を論理的、現実的に解決しない限り、自信をもって自分の研究成果を報告できないと強く感じたためです。以上のような経緯で、私は再現可能性問題こそ、何よりの優先課題と考えるようになりました。

平石界(以下、平石):

Author_HiraishiKai平石界(ひらいし・かい):慶應義塾大学文学部准教授。主要著作・論文にHeritability of decisions and outcomes of public goods games.(Frontiers in Psychology, 6, 373, 2015,共著)「進化心理学――理論と実証研究の紹介」(『認知科学』7(4), 341-356,2000年)。→webサイト →Twitter(@kaihiraishi)

私の場合、こうした問題に注意が向くようになった最初の大きなきっかけは、ハーバード大学教授であったMarc Hauserの「科学的に不適切な行為」(scientific misconduct)を原因とする辞職(2011年)であったように思います。Hauserはカプチンモンキーを用いて非常に多くの(新奇な)比較認知実験を報告していました。しかし彼が辞職する数年前(2008~09年頃)から、「Hauserの結果は、あそこのsuper monkeyでないと出せないと言われている」といった噂話を耳にし、不穏な空気を感じてはいました。しかしさすがにデータの捏造、改竄といった悪質な行為までしているとは思っていなかったので、このニュースは非常に衝撃でした。Hauser本人への信頼感というよりは、自分の参加している研究領域で、そこまで悪どいことが行われているとは、にわかに信じがたかった(3)

その後、Bemの超能力論文があり、そこで池田さんとTwitterで、Bemは本気で超能力を信じているのか、それとも心理学の進め方の問題点を指摘するために(いわばAlan Sokal(4)のような形で)、あえて超能力論文をJPSPに投稿、受理させてみせたのかといった話をしたことを覚えています(結論としては、Bemは本気で超能力を信じているらしい、ということになりました(5))。その後、ニュースを追っているうちに、Bemの問題の「人ごとでなさ」がますます実感されるようになりました。例えばBem論文を元に心理学全体を皮肉った“We knew the future all along: Scientific hypothesizing is much more accurate than other forms of precognition—A satire in one part”という論文にはショックを受けました(6)。この論文は、心理学論文のほとんどでは、最初に書かれた予測が支持される結果が出ている。つまり心理学者は、本当に未来を予知している(結果を予知して仮説を立てている)と皮肉ったものでした。Hauserを非難していた自分も、データ改竄ではないものの、科学的には不適切な行為を行ってきたのではないかという恐怖感に襲われました(より正確に言えば、これはまずいのかもしれないと感じつつ、でも自分の分析や論文の書き方は、まだまだ誠実にやっている方だと思っていたのが、まったくの勘違いであったと指摘された恐怖に近い)。その後、この危機感・恐怖感は、PPS誌の特集号読書会によって決定的なものとなりました。

読書会の終了後、三浦さんから、追試研究のための科研申請グループに誘われました。ここで何か動かないわけにはいかないと思い、参加を決めました。以上が、私がこの問題に関わったきっかけです。


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