心理学が挑む偏見・差別問題(4)

社会問題への実証的アプローチ

偏見や差別研究を広く知ってもらうために

北村:

少し前に出たフェアネスの原理かケアの原理か,ということともつながりますが,自分が中学に入る頃に同和教育が始まって,私は私立中学に行きましたが,市内の公立中学に進学した友達たちは学級会で,部落出身の人が立たされて,自分がつらかった思い出について話をしなければいけないことがあったそうです。ケアの原理から同情を引き出そうとしたのかもしれませんが,クラスの子どもたちが一緒にそれを聞いて涙を流すという話を聞いて,もう少しやり方がないのかなと思いました。

唐沢:

日本の道徳教育のことを研究している専門家によると,日本の道徳教育は共感をいかに育てるかに力点がおかれていると言ってもよいのだそうです。そういう教科書を認めているということは,文部科学省もそう思っているということでしょう。

北村:

ニュースなどでも,人生を描いて理解させ,エピソードを見せようというエピソード信仰があります。そもそも部落差別は根拠のないものであって,どういう歴史があってこうなったかと,歴史社会学的にこうした問題を扱うことがあってもいいと思います。そこがすぽっと抜けていて,「ひどい目にあわされるとつらいですよね」というところだけに焦点があてられて,それで解決になるのかなと思います。

大江:

最近の教育はどうなのでしょう? 昔の同和教育はたしかにそのような感じで,エピソードで子どもに読ませて伝えるということが大きかったように思います。

北村:

最近は取材していないからわからないですね。調べないといけないなと思いました。

唐沢:

いまどうなっているかを知らないといけないね。

大江:

私の子どもは中学生では道徳教育をあまり受けていないようなのですが,小学校の教科書に,まさにステレオタイプ研究のようなものが載っていて,偏見とはこういうものだということが書いてあり,これで教育がちょっとはできそうだなと思いました。エピソードによる同和教育は聞いている限りではなかったようですね。変わってきている可能性はあると思います。

唐沢:

教科書に書いてある話ってどういうものだったのですか。

大江:

ステレオタイプが自動的に生じる,というような話だったような気がします。

唐沢:

そういう理解が広がっていくといいですね。

大江:

唐沢先生のお話では,日本では偏見や差別を研究しにくくて,それは日本文化のためだということですよね。

唐沢:

欧米で調べているやり方で同じように日本で行ったときに,合う部分もあるけれども,合わない部分もあるということです。

大江:

私としては,日本文化もあると思うのですが,「何でこの人たちはこんなに神経質なんだろう」と思うことがあります。先ほど人格と教育が別だという話がありましたが,研究をしている立場からすると,人格と研究は別だという視点もあり,「研究をしないと話にならないじゃないか」と思います。研究の重要性をあまりアピールしてこなかったのもよくなかったのかなと思う面もあります。そういう意味で,今回の出版も,高さんや栗田さんの著作もインパクトがあって,今後の研究の発展のためによかったのだろうと思います。

唐沢:

偏見や差別について実証的な研究をする分野があるんだということでね。

大江:

はい,そうです。それこそ小学校の教科書に載るといい。

唐沢:

入試に使ってくれるといいですよね。現代国語ででも。

大江:

こういう研究をしているということを知らない人が多いですよね。

唐沢:

たとえば,中学生がどのくらい携帯電話をもっているかといった調査が行われていることは,報道されたりするので知っているけれども,偏見や差別のメカニズムを調べる研究分野があるとは比較的知られていない。僕は,こういう話のときにいつも思うのは,いかに我々の分野の学部教育が不十分かということです。学部でこうした内容を一般教養の授業ででも話していて,これだけたくさんの人が大学で心理学の授業を受けて卒業しているはずなのに,なぜ知られていないのだろうか,と思います。我々の授業がよくないのか,まじめに受講していない学生が悪いのかわかりませんが。

北村:

そうなんですよね。概論の授業で血液型ステレオタイプの話をしたとして,1年に120人に対して20年間続けていますから,それが全国に20人くらいの研究者がやっていれば4万8000人にはなりますよね。

唐沢:

たんに,認識が広がるのには時間がかかるというだけのことかな。一方で,ミュラー・リヤーの図を見せたら,多くの人は「見たことがある」と言うでしょう。それに比べると偏見や差別の研究は知られていない。

北村:

この出版も1つのきっかけとして,世にこうした偏見,差別の研究のあることを広めて,知ってもらうためにいろいろな機会で他にやっていくべきこともたくさんあるように思います。こうしてウェブの記事になるのも1つですよね。

(了)

文献・注

(1) ガンツール・パラダイムとは,もともと静止画像で行う課題で,白人vs. 黒人,道具vs. 銃器(ナイフなど凶器含む)で,所有している物がいずれかを素早く回答する場合,しばしば典型的には白人実験参加者において,黒人の持っている道具が凶器であると誤認されやすいことから偏見測定のツールとされていたが,ゲーム的にシュートする(撃つ)という設定で,静止画や動画で人物が現れたのを撃つ/撃たないの瞬間的反応で測定するアプリケーションが登場している。

(2) 齋藤直子 (2017).『結婚差別の社会学』勁草書房

私たちはなぜ偏見をもち,差別をしてしまうのか? 私たちの社会はどのような偏見や差別に関する課題を抱えているのか? 偏見や差別の問題に,心理学はどのように迫り,解決への道筋を示すことができるのか。第一線の研究者が解説した決定版。


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