心理学が挑む偏見・差別問題(4)

社会問題への実証的アプローチ

根深く残る偏見・差別の問題

――偏見や差別に対する実証的研究をまとめた高先生や栗田先生の本が出版されたのはインパクトがあったように思います。これらの本が出版されて,賞をとったりもした後に,北村先生にこの本の相談に伺ったのですが,最初は「こういう本をつくっても大丈夫か」と逆に聞かれました。

北村:

最初はわりとハードな本をつくる気持ちがあったので,「多少きわどいところに踏み込むかもしれませんがいいですか」と確認したのだと思います。ただ,唐沢先生を含めて3人で話をしたときには,「部落については研究者もいないので,なくていいですかね」という話になりました。思いついた人がいれば入っていただくのも手だったのですが,心理学の領域ではそのテーマの研究者はなかなかいない。自分の執筆した第4章では心理学の本には見られないような穢れのことも入れました。

大江:

部落に関しては,カラーブラインドの方向もありえますし,そもそもどういうものなのかということを知らない世代や地域がありますよね。

北村:

以前にある人から聞いたのですが,結婚をする際に,相手側の両親から「その市に住むのであればこの地域は避けなさい」「もし住むのであればつき合えないので気をつけて」というようなことを言われたということでした。地域としてはきれいに整備されていて,もちろんわかる人にはわかるのかもしれませんが,表面的にはわからないわけです。相手の両親は団塊の世代くらいの人だろうけれど,いまでもそういうことを言われるんだなと思って,びっくりしました。

高:

部落関係に対する結婚差別については,齋藤直子先生が『結婚差別の社会学』(2)という本を書かれていて,たくさん事例が紹介されています。あと,ネット上だと何か不可解な事件が起きた際に,「あれは部落のしわざだ」という形で言われたりします。

北村:

何でも部落のせいとか,在日のせいにしますよね。

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唐沢:

それこそ,言っている本人が知らないという何よりの証拠で,知らないから使うわけでしょう。知っている人からしたら,全然関係がないとわかるのに。

北村:

知り合いで,ヨーロッパのロマの研究をしている人がいて,ロマの研究をしていると人に話すと,「自分はヨーロッパでスリにあった」という話を自慢げにされるらしいのですが,どこでロマと思ったかと聞くと,ステレオタイプ的に「黒い髪の毛で,浅黒い顔をして」と言うそうです。ところが,いまロマの中では混血が進んでいて,黒い髪の毛で浅黒い人は10%くらいということなんですね。もともとルーマニアから入ってきた人の中には明るい髪の毛の人もいますし,混血が進んでいるのでわからない状態になっているけれども,確証バイアスが働いている。ずっとフランスで貧しく暮らしている人たちが犯罪集団となってスリをしているのですが,スリにあったら「ロマにやられた」と思うわけです。そのため,「ロマは悪いことをする」という言説がずっと残ってしまう。実態がまったくないわけではないかもしれませんが,過剰に差別が持続して温存されるということです。

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高:

日本だと,凶悪犯罪が起きる度に「犯人は在日だ」という言説もはやりますね。

唐沢:

僕はそれがいまでも使えること自体が不思議だね。関東大震災の際に,こうした噂が流れて大量に殺されたんだということが,これまで頻繁に話に出されます。その話をすると逆に差別が広がるという懸念が起こりそうなほど取り上げられるにもかかわらず,まだその言説が出てくる。もう十分に語りつくしているように思うのですが,いまだにそれが言われるということが驚きですね。デマの典型でしょう。なぜ消去することがそこまで難しいのかを,社会心理学の研究では明らかにしていないのではないかな。

北村:

誤ったラベルの方がなぜ納得しやすいのかを調べていかないといけないですね。民族性ではない別の要因が犯罪にはあるはずですが,それを民族性に帰属してしまう。民族性は血筋の問題でしょうから,民族や部落が嫌われる原因として,血筋に関する誤った科学的知識も重要な問題ですね。いま授業で学生が一番驚くのは,行動遺伝学の話をしたときです。血縁は5世代を経ると,客観的にはゲノム的には32分の1になって,あっという間に薄まります。遺伝子が何を伝えるかということに関して,父親や母親とそっくりになるという勘違いもあります。行動遺伝学の科学的知識があれば,親と子どもがそっくりになるわけではないでしょう。私はそれを「血縁フェチ」と呼んでいて,実際に日本人が「血縁フェチ」なのかは歴史的には微妙なところもあるのですが,日本から「血縁フェチ」をなくせるかというと難しいですね。

唐沢:

遺伝の話は,教育を受けた人でも理解しにくいということをあちらこちらで聞きます。ユニバーサルにあることのようですよ。心理的本質主義は,人間にとって,物事を理解する際の基本なのでしょうね。

北村:

ヨーロッパには貴族の血筋だと威張っている人がいっぱいいますからね。

唐沢:

家系ビジネスは巨大ビジネスじゃないですか。

北村:

ヨーロッパは貴族社会がまだありますからね。


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