社会は心の健康にどう取り組むべきか?(3)
『心理療法がひらく未来』監訳者あとがきより
Posted by Chitose Press | On 2017年08月17日 | In サイナビ!, 連載経済学者のリチャード・レイヤードと臨床心理学者のデイヴィッド・M. クラークの共著による『心理療法がひらく未来――エビデンスにもとづく幸福改革』が刊行されました。イギリスでは,治療効果の高い心理療法を多くの人に提供しようと心理療法アクセス改善(IAPT)政策が進められています。その概要と背景,そして日本への示唆について,監訳された丹野義彦教授が解説します。第3回は精神分析療法から認知行動療法へ,そして勘からエビデンスへというパラダイムシフトについて。(編集部)
丹野義彦(たんの・よしひこ)
東京大学大学院総合文化研究科教授。東京大学大学院心理学専攻修了,群馬大学大学院医学研究科修了(医学博士)。著書に,『講座臨床心理学(全6巻)』(東京大学出版会,共編著),『叢書 実証にもとづく臨床心理学(全7巻)』(東京大学出版会,共編著),『臨床心理学』(有斐閣,共著),『認知行動アプローチと臨床心理学――イギリスに学んだこと』(金剛出版),『ロンドン こころの臨床ツアー』(星和書店),『イギリス こころの臨床ツアー』(星和書店)など。
6 精神分析療法から認知行動療法へ
6・1 心理療法の四大理論
第1のパラダイムシフトは、精神分析療法から認知行動療法への動きである。
心理療法には、大きく精神分析療法(力動的心理療法)、人間性心理学、行動療法、認知療法という4つの流れがある。図に示すように、心理療法は、1900年頃に、フロイトの精神分析療法から始まった。その後、1950年代には行動療法がさかんになり、1960年代に人間性心理学が一世を風靡した。さらに、1980年代からベックの認知療法がさかんになった。そして、1990年代から、行動療法と認知療法は統合されて、認知行動療法と呼ばれるようになった。認知行動療法の発展については、第9章でくわしく紹介されている。
IAPTが実現できた直接の契機は、認知行動療法が発展したことである。ほんの20年前までは、まさかうつ病や不安障害が心理療法で治療できるなどとは誰も思わなかったが、認知行動療法によって、臨床心理士の治療能力は格段に進歩した。
行動療法は不安障害に対して効果があり、認知療法はうつ病に対して効果があったが、認知行動療法はその両方を取り込み、さらには摂食障害、統合失調症の症状、パーソナリティ障害、アルコール依存症などに適用された(第10章参照)。
認知行動療法は、短期間で大きな効果が得られることが証明されたので、精神分析療法や人間性心理学を抜いて、心理療法の主流の位置を占めるようになった。その効果については第10章でくわしく述べられている。IAPTの成功によって認知行動療法の威力が再認識されたという面もある。
いまや認知行動療法は心理療法の世界標準となっている。アメリカ心理学会(APA)認定の臨床心理士養成大学院では、8割のコースが認知療法を実習に取り入れ、半数以上のコースが認知行動療法をもっとも主要な技法としている。
6・2 日本における認知行動療法
認知行動療法は、欧米だけでなく、アジア諸国にも広がり、アジア認知行動療法連合(ACBTA)が組織されて、これまで香港、バンコク、ソウル、東京、南京で大会が開かれた。
日本にも認知行動療法は普及している。2002年には日本認知療法学会が創設され、2004年には世界行動療法認知療法会議(WCBCT)が神戸で開かれ、約1400名の参加者があり、日本への普及のきっかけとなった。日本認知療法学会は、2016年には日本認知療法・認知行動療法学会と改称し、2017年現在で約2000名の会員がいる。また、1975年に発足した日本行動療法学会は、2014年に日本認知・行動療法学会と改称し、2017年現在で2000名以上の会員がいる。
2010年には、うつ病に対する認知行動療法が健康保険の診療報酬として認められた。また、2016年には不安障害(強迫症、社交不安障害、パニック症、心的外傷後ストレス障害)にも拡大された。認知行動療法を受ける際に、保険がきくようになったことは画期的であり、ある意味では日本におけるIAPTの第一歩といえるかもしれない。
また、後述のように、国家資格の公認心理師の大学院カリキュラムでは、認知行動療法が必修となり、今後、日本の公認心理師に浸透していくことは間違いない。