TEA(複線径路等至性アプローチ)の過去・現在・未来――文化と時間・プロセスをどのように探究するか?(1)

必須通過点と文化

渡邊:

必ず少しはズレが生じるものだからね。その時に,TEMの中では多くの人が経験する必須通過点というものがあって,安田さんの不妊治療の研究であれば,不妊に関する診断が下りるとかがそう。不妊治療のアドバイスを受けるとかは一連の流れの中では不可避に経験することだから。他に不妊治療をすることの共通性とか,しないという選択とか。

サトウ:

あの研究は少しひねりがあって,だからこそフィットしたんだけれど,不妊治療を受けた人を対象にして研究がしたいと思ってやっていたけれども,うまく人が集まらなかったわけ。それで養子縁組している人たちに話を聞きに行けばいいだろうと,彼女は考えたわけだ。養子縁組している人なら,その前に不妊治療に取り組んでいるのではないかと考えたわけだ。

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尾見:

なるほど。

サトウ:

養子縁組(特別養子縁組を含む)をあっせん(マッチング)する団体はいろいろあるんだけど,安田さんがアクセスした団体では,当時,不妊治療をやめることが,養子縁組に進む条件になっていたんだ。アメリカなどでは,養子をとった後にすぐ妊娠した,みたいなことがけっこうあって,それはそれでハッピーだねーみたいな話があるわけだけれど。

尾見:

そういうのは日本ではなじみにくいのかもしれない。継子いじめ,みたいな考えがあるのかも。

サトウ:

継子いじめ,みたいなのがまさに支配的言説だとすると,養子縁組をあっせんする団体が「不妊治療の中止」を決まりとしてつくることは理解できる。それで必須通過点みたいな概念をラトゥール(21)の科学社会学から援用したんだけれど,それはもともとのヤーンの考えの中にはなかったわけだ。

渡邊:

そういうものがあって,複数の人の人生が重ねられるというところが面白かった。これはすごい面白いと思ったんだよね。

サトウ:

必須通過点については木戸の研究の話もしないといけないんだけど,木戸は卒論の時はEPPS(22)と化粧の相関関係,つまり量的研究をやっていたんだ。異性欲求の強い人が化粧をするというような。それで大学院に入って修士から質的研究をするという話になって,化粧をテーマにしてインタビュー調査を始めたんだけれど,子どもの頃に化粧をされた経験があるという必須通過点があるとわかった。そして,その経験が良いか悪いかは別として,個人にとってけっこう重要だとわかった。

尾見:

自分が化粧をする存在だ,とみずからの経験を通して認識することが将来的な化粧行為に結びつくわけだね。そしてほとんどの女の子はそういう経験をしているってことから,必須通過点ってことね。

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渡邊:

必須通過点とかそういうことが初期の頃にあったから,これは文化の研究だと思ったんだよね。むしろ,Equifinality Point(等至点)じゃなくて,途中のプロセスが面白かった。みんなが通るところもあるけれど,通る人と通らない人がいるところもあるでしょ。通らないといけない必須通過点は文化だよなあ,と思ったし,個人差もあるし。文化と個人差って水と油みたいなところがあってなじまないものでしょ。それが1つの絵の中に描かれているのはすごいじゃん,と思ったんだよね。

尾見:

文化と個人差の交差か,なるほど。

第2回に続く

Tatsuya Sato著
ちとせプレス (2017/3/31)

人はどう生きているか? 時間とプロセスを扱う新しい研究アプローチ,TEA(複線径路等至性アプローチ)。問題意識はどこにあるのか。理論的背景はいかなるものか。研究をどのように実践すればよいのか。心理学の新機軸を切り拓く,珠玉の英語論文集!

文献・注

(1) Sato, T. (2017). Collected Papers on Trajectory Equifinality Approach. ちとせプレス

(2) Jaan Valsiner(ヤーン・ヴァルシナー)。1951年エストニア生まれ。アメリカ・ノースカロライナ大学を経て1997年からアメリカ・クラーク大学教授。2013年9月からデンマーク・オールボー大学のニールス・ボーア記念・文化心理学センター教授。文化心理学,発達心理学の世界的理論家の1人であり,Culture and Psychologyを1995年に創刊し,それ以来20年以上にわたって主幹を務めている。日本には2004年1月に立命館大学招聘教授として初来日。同年9月に二度目の来日を果たし,第1回日本質的心理学会(京都大学:2004年9月)で記念講演を行う。以後,何度にもわたって日本を訪れている。

(3) 安田裕子。立命館大学准教授。サトゼミ背番号隊。

(4) 木戸彩恵。関西大学准教授。サトゼミ背番号隊。

(5) Valsiner, J., & Sato, T. (2006). Historically Structured Sampling (HSS): How can psychology’s methodology become tuned in to the reality of the historical nature of cultural psychology? In J. Straub, D. Weidemann, C. Kölbl & B. Zielke (Eds.), Pursuit of meaning: Advances in cultural and cross-cultural psychology (pp. 215-251). Bielefeld: Transcript.((1)にAppendix 1として所収)

(6) サトウタツヤ編 (2009).『TEMではじめる質的研究』誠信書房

(7) ヴァルシナー,J.(サトウタツヤ監訳)(2013).『新しい文化心理学の構築――〈心と社会〉の中の文化』新曜社

(8) 岡本依子。発達心理学者。立正大学准教授。尾見の妻。

(9) Sato, T., Mori, N., & Valsiner, J. (Eds.) (2016). Making of the future: The Trajectory Equifinality Approach in cultural psychology. Charlotte, NC: Information Age Publishing.

(10) ルートヴィヒ・フォン・ベルタランフィ(Ludwig von Bertalanffy, 1901-1972)。生物学者。主著に『一般システム理論――その基礎・発展・応用』

(11) サトウタツヤ・渡邊芳之・尾見康博 (2000).『心理学論の誕生――「心理学」のフィールドワーク』北大路書房

(12) 大村政男・渡邊芳之・佐藤達哉・尾見康博 (1998). 「座談会 性格のための心理学――新しい性格心理学へ」佐藤達哉編『性格のための心理学』現代のエスプリ372,至文堂,pp. 5-30.

(13) 「大先生」は渡邊の大学院時代のあだ名。

(14) 箕浦康子。比較教育学者。お茶の水女子大学名誉教授。1993~1999年は東京大学教育学部教授。

(15) 小島康次。北海学園大学教授。

(16) やまだようこ。京都大学名誉教授。立命館大学教授。

(17) ただし出版社等と条件面で折り合わず掲載できなかった論考が2つある。以下に記しておく。
Sato, T., Wakabayashi, K., Nameda, A., Yasuda, Y., & Watanabe, Y. (2010). Understanding a person as a whole: Transcending the Anglo-American methods focus and Continental-European holism through a look at dynamic emergence processes. In A. Toomela (Ed.), Methodological thinking in psychology: 60 years gone astray? Information Age Publishing, pp. 89-119.
Sato, T., Yasuda, Y., Kanzaki, M., & Valsiner, J. (2014). From describing to reconstructing life trajectories: How the TEA (Trajectory Equifinality Approach) explicates context-dependent human phenomena. In B. Wagoner, N. Chaudhary & P. Hviid (Eds.), Culture psychology and its future: Complementarity in a new key. Information Age Publishing, pp. 93-104.

(18) ハンス・アドルフ・ドリーシュ(Hans Adolf Driesch: 1867-1941)。生物学者。イモリの胚の実験を行った。

(19) 須田治。首都大学東京名誉教授。首都大学東京客員教授。

(20) セーレン・キェルケゴール(Søren Kierkegaard: 1813-1855)。思想家・哲学家。

(21) ブルーノ・ラトゥール(Bruno Latour)。科学社会学,科学人類学。アクターネットワーク理論などで知られる。

(22) H. A. マレーの社会的欲求の概念に基づいて作成された質問紙法性格検査。


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