TEA(複線径路等至性アプローチ)の過去・現在・未来――文化と時間・プロセスをどのように探究するか?(1)

Trajectory(複線径路)とEquifinality(等至性)

渡邊:

経緯は大事だと俺は最近思っていてね。どこまでがヤーンのアイデアでどこからがタツヤか,っていうのは切り離せないんだと思うんだけれど,ヤーンとの遠大な共同作業の中でこういう絵になっていく時があったわけでしょ。それが大事だと思うなあ。名前も大事だと思うんだけれど,Trajectory(複線径路)とEquifinality(等至性)があるじゃない。今の話だとEquifinalityが先にあって,Trajectoryは後でついたわけだね。

サトウ:

そうそう,そうだと思うよ。

尾見:

ベルタランフィにはTrajectoryはないわけでしょ。ベルタランフィはEquifinalityと言ってるわけでしょ。

サトウ:

Equifinalityはベルタランフィより前のドリーシュ(18)だよ。生気論なわけ。イモリの胚の実験があるでしょ。あれをシステム論にしたのがベルタランフィで,それを発達に入れたのがヤーン。

尾見:

ベルタランフィの本を大学院の時に,須田(19)ゼミで読んだのを覚えている。タツヤ先生も出てなかったかなあ,助手の時に。

サトウ:

覚えてないな。そうだっけな。そうだったとしたら面白いね。

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渡邊:

気がついていないけれど,その影響だ。須田先生のおかげだ(笑)。そう言われてみれば,須田先生のおかげでこれがあるってこと俺だってあるもん。

サトウ:

確かにあるよね。

渡邊:

話を戻すけどさ,東京駅からここまで歩いてくる間に名前のことを考えていて,TrajectoryとEquifinalityって,相互を修飾するような関係なのか,並列でおかれているのか。

サトウ:

最初はTEMじゃなくて,ETMだったんだよ。

渡邊:

それは「Equifinalityに至るTrajectory」という意味なんでしょ。

サトウ:

そういうことです。

渡邊:

最初の頃はEquifinalityの方が重要な概念だったんだけれど,だんだんとTrajectoryが概念としての重要性を増してきたわけだ。TEMがいわば道具として使われるようになった理由としては,もちろんEquifinalityもあるんだけど,むしろTrajectoryが絵で描けて見えることの方が,方法としては有用性が高かったところがあるわけでしょ。Equifinality Trajectory ModelからTrajectory Equifinality Modelに変わったのはいつか,とか。俺これを研究しようかな(笑)。関係者は存命だし,今のうちに聞いておいて。

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サトウ:

Trajectoryって,訳としては弾道ミサイルの弾道なんだよね。

渡邊:

あの頃はTrajectoryとは何かという話をずいぶんしていたよね。最初にこれが出てきた時に,俺はTrajectoryという単語を知らなかったよ。心理学の本にはまず出てこない。

サトウ:

最近ではSEM(共分散構造分析)に出てくる。

渡邊:

そうそう,因果モデルの矢印をTrajectoryというね。当時は聞いたことがなかった。

サトウ:

EquifinalityとTrajectoryについて少し説明をしておくと,Equifinalityは同じ結果が違う経緯で実現するということだし,もっといえば初期状況が終期状況を決定しないことです。そこでオープン・システムとクローズド・システムという話が出てくる。ベルタランフィのシステム理論では,閉じられたクローズド・システムでは物理法則に従うから,上から落としたら,必ず落ちる。初期状況が終期状況を決める。それに対して,同じ結果に対して複数の行き方があるというのが,オープン・システムの特徴なのさ。

渡邊:

Trajectoryは径路だよね。

サトウ:

径路を行人偏にしたのは,実際の道に近いようにしようということがあった。そのおかげで「経」路と書く誤字が増えて困っているけどね。Equifinalityを等至性としたのは候補をいろいろと考えているなかで――物理学では等終局性とか等結果性とかって訳されていたけれど――安田さんと2人でいろいろ考えていくつか例を出しあって,最終的に「等至性にしよう」ということになった。いわば2人で一緒に決めた。

渡邊:

シンプルに見ると,ゴールやある時点で同じ状態になっている人たちがいるわけですよ。当たり前のことなんだけれど,タツヤがよく使った例でいうと,今ここに同じ部屋にわれわれはいるんだけれど,同じ道で来た人もいれば,違う道で来た人もいる。俺は空港から着たわけだし。それが同じところに集まっている。たしかに,こんなことを言い始める前だったら,心理学者は同じ場所にいる人たちの一番代表的なコースを1つ知りたかったんだよね。

尾見:

平均的にどのルートで来たのかとか(笑)。

サトウ:

3人の平均のルートで来たヤツなんていないのにね。

渡邊:

そうそう平均してさ。あるいは,代表例を抽出したと思うんだよね。平均するか,典型性の高いケースを1つ見つけ出すか,どちらかをしようとした。

尾見:

基本は平均でしょ。

渡邊:

そんなに心理学のことを悪く言わなくたって(笑)。

サトウ:

誰か1人のケースって言った時に,典型かどうかを証明しろっていう話になるわけだよ。

渡邊:

ケースには典型性がなければいけないと考えていたよね。そう習ったものね。さっきの安田さんの修論後の話だけれど,タツヤとしては分厚い記述をすることによって典型性が浮かび上がるようなものを期待したの?

サトウ:

いや,それはそういうわけじゃない。9人分のインタビューを集めて本人も修論の出来具合いには納得していたんだけれど,新しい概念を使ってもうちょっと深められないかなと考えてトライしたんだと思う。結果的に径路の類型が見えたというのは僥倖だったかもしれない。

渡邊:

あの頃の安田さんの研究を読んだことがあるけれど,TEM図で描かれると違って見えた気がしたんだよなあ。TEMにすることで9人分が積み上がるじゃない。いちおうTEMは質的研究の技法として紹介され,利用されているけれど,量的にもなる仕組みが隠されているわけだよね。

サトウ:

そこは根本的矛盾かもね。けっして悪い意味じゃなくて。similar(似ている)なのかsame(同じ)なのかという話なんだよ。究極的にいえば,同じってことはないわけでしょ。キルケゴール(20)的な話だけれど,「同じ場所に2回行くことができるのか,この4人が同じ場所に来ることは可能なのか」と。そこも考え出すと深くなる。


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