意味を創る――生きものらしさの認知心理学(4)
人工物の中の生きものらしさ・意味を創るということ
Posted by Chitose Press | On 2016年12月28日 | In サイナビ!, 連載ミニマルな生きものらしさの追求
リアリティの追求とは対極にある,ミニマルな生きものらしさを追求した研究も紹介しておきます。ここでのミニマルとは「生きものらしさが弱い」ということではなく,「表面上の意味を最小限にとどめて,意味を創る余地を多分に与えることで,生きものらしさのエッセンスを際立たせる」ということです。
これらの作品は,意味を創るという認知の特性に強力に訴えかけてくるもので,本連載を締めくくるにふさわしい映像の数々です。ヒトの認知における「生きもの」とは何なのか,そして生きものらしさのエッセンスとは何なのか,意味を創るとはどういうことなのか,感じながら御覧ください。
第2回の「おまけ」でも紹介した,山中俊治氏らによる「Bio-likeness」です(動画4)。映像作品ではなく,実際に動くモノを製作して,生きものらしさのエッセンスを表現しています。この展示が開催されている時期に著者も同じキャンパスにいたので,実際に自分の目で作品を見てみました。「生命の片鱗」と銘打たれた作品群の動きから,目も顔も定かではないモノたちの「生きたい」という気持ちが伝わってくるように感じました。なお,BigDogのようなエネルギーあふれる生きものらしさというよりも,比較的ゆったりとしたイソギンチャク的生きものらしさが印象的です。
これらの作品群がもつ生きものらしさについて,言葉で表現することは非常に難しいですし,もしかしたら同じ作品でも見る人によってまったく異なる生きものらしさ(例えばある人は不気味さを,別の人は愛着を,またある人はイソギンチャク的な,ある人はクラゲ的な,といった具合に)を感じているかもしれません。これも意味を創るという認知の特性の醍醐味であって,このような個人差は,認知心理学がこれから扱っていかなければいけない問題の1つでしょう。
石黒浩氏が開発するロボットのテレノイドとハグビーです(16)。石黒氏は人間(というか自分)そっくりのヒューマノイドロボットで有名ですが,一方で外見上のリアリティや表面的な個性が削ぎ落とされたロボットの作成も試みています。本連載を読んだ方々には,このロボットの意味がわかると思いますが,これらのロボットは表面上の意味を削ぎ落とすことで,逆に私たちがもっている意味を創るという認知の特性を刺激し,そこにユーザそれぞれが自分なりの意味を感じ取るように設計されているようです。
例えばハグビーは,中に携帯電話を入れて,ギュッと抱きしめて相手と通話することができます。すると,腕の中のハグビーに通話相手の存在を感じることができるという仕組みです。ハグビーに特定の形を与えないことで,想像の中の相手をそこに投影することを可能にしています。もしハグビーがある特定の意味が与えられた形になっていたら,そこに通話相手を投影することは難しいでしょう。相手が見えるわけではありませんが,相手を感じるという意味で,広い意味でのパレイドリアだといっていいかしれません。
山中氏のBio-Likenessや石黒氏のテレノイド,ハグビーなどを眺めていると,私たちがミニマルな刺激により豊かな意味を創ってしまうのだ,ということがよくわかります。本連載の最初に紹介した「添い寝しめじ」を覚えているでしょうか。あのしめじの場合と同じようなヒトとモノの関係性が,これらの作品群の中にも見て取れます。
おわりに――意味を創る心とホモ・クオリタス
本連載では,私たちがいとも簡単に生きものらしさを感じてしまうという数々の現象を紹介しながら,過剰に意味を創り出し世界を認識しているという認知の特性に触れてきました。専門的な内容はだいぶ省略していますが,その面白さの一端はわかっていただけたでしょうか。
ところで「意味を創る」というこの面白い特性は,生きものらしさを見出すことに限られたものではないようです。例えば「虫の知らせ」のように,統計的には偶然で説明できる事象に超自然的な意味や因果を見出します。とにかく私たちは,何かが起こればその背後には意味や因果があると感じたがってしまうようです。著者はこのような分析を重ねて,何でも有意味なパターンとして理解したがる私たちの性質から「ホモ・クオリタス」という概念を(細々とですが)提唱しています(17)。
私たちが認識する主観的な世界は,いわゆる「私たちの外にある物理的な世界」のコピーではありません。あるときはミニマルな生きものらしさが増幅され,またあるときはリアリティが不気味さにつながる。情報化が進み,バーチャルとリアルに囲まれる現在,そして自然が創ったモノではなく人間がデザインしたモノに触れる機会が多い現在,意味を創るという私たちの認知の特性を深く理解することの重要性はますます大きくなっています。本連載が,このような人間の特性について再考する1つのきっかけになれば,著者冥利につきます(18)。
→この連載をPDFで読みたいかたはこちら
文献・注
(1) 「あのイルカのカイル君」(YouTube)
(2) 山田誠二監修・著 (2007).『人とロボットの〈間〉をデザインする』東京電機大学出版局
(4) ここでの大澤氏の研究に関する説明には,著者自身の視点が多分に入っているため,大澤氏の意図を正しく汲んでいない部分があるかもしれません。大澤氏のモノの擬人化エージェント研究に関しては,学位論文「物体の擬人化を利用した情報提示手法の提案と評価」でも詳細を読むことができます。
(5) 画像は大澤氏より許可を得てこちらからお借りしました。
(6) 独裁者ゲームは分配者と受け手がペアで参加する仮想ゲームで,分配者は決められた額(例えば1000円)を,自分と受け手に好きなように分配します(例えば自分が900円で受け手が100円)。合理的に考えれば,分配者は全額を自分に分配した方が得ですが,私たちは多くの場合,利他的に行動するため,決められた額のうちいくらかはペアのために分配します。独裁者ゲームではペアに対する分配額を利他性の指標とします。
(7) Haley, K. J., & Fessler, D. M. T. (2005). Nobody’s watching?: Subtle cues affect generosity in an anonymous economic game. Evolution and Human Behavior, 26(3), 245-256.
(8) 「Morphing Agency: Deconstruction of an Agent with Transformative Agential Triggers」(YouTube)
(10) 最近では,女子高生3DCGのSayaが不気味の谷を超えたと話題になりました。「実写にしか見えない3DCG美少女「Saya」が進化 「不気味の谷」を完全に打ち破る」『ねとらぼ』2016年9月9日
動画はこちらで。「CEATEC JAPAN 2016 シャープブース CG美少女「Saya」動画デモ」(YouTube)
(11) 「ロボットが人間に嫌われる「不気味の谷」が証明される:研究結果」『WIRED』2015年11月6日
オリジナルの論文:
Mathur, M. B., & Reichling, D. B. (2016). Navigating a social world with robot partners: A quantitative cartography of the Uncanny Valley. Cognition, 146, 22-32.
(12) これらのグループがやりとりしている論文です。
Yamada, Y., Kawabe, T., & Ihaya, K. (2012). Categorization difficulty is associated with negative evaluation in the “uncanny valley” phenomenon. Japanese Psychological Research, 55, 20-32.
MacDorman, K. F., & Chattopadhyay, D. (2016). Reducing consistency in human realism increases the uncanny valley effect; increasing category uncertainty does not. Cognition, 146, 190-205.
Kawabe, T., Sasaki, K., Ihaya, K., & Yamada, Y. (in press). When categorization-based stranger avoidance explains the uncanny valley: A comment on MacDorman and Chattopadhyay (2016). Cognition.
(13) 「Bio-likeness――生命の片鱗」(YouTube)
展示作品の説明はこちら。
(14) 「テレノイドと高齢者のコミュニケーション・資料」(YouTube)
(15) 「ぎゅっとコミュニケーション Hugvie(ハグビー)/京都西川」(YouTube)
(16) テレノイドのウェブサイト。
ハグビーのウェブサイト。
(17) ホモ・クオリタスに関する詳細は別の機会であらためて紹介したいと思います。関連した企画も計画していますので,決まり次第Twitter(@kohske)などでも案内します。
(18) 本連載を執筆する過程で,新しい気づきがいくつもありました。このような執筆の場を与えていただいた,ちとせプレスの櫻井堂雄氏に深く感謝いたします。