人間の命と死,そして心――『人口の心理学へ』が問いかけるもの(3)
Posted by Chitose Press | On 2016年09月02日 | In サイナビ!, 連載少子・高齢・人口減少――世界に先駆けて日本が直面する人口現象は,私たちの命や心とどう関わるのか。新しく提起された「人口の心理学」をめぐって,発達心理学,家族心理学を専門とする4人が,その問題の所在と今後の展望を語り合いました。第3回はジェンダーや教育の問題についての議論が展開されました。(編集部)
ジェンダー問題
高橋:
特に日本ではあまりにもジェンダー問題が巨大すぎて,どこにでもしみ込んでいて,なかなか先ほどのような開けたシステムで問題にすることができないという特有の問題もあると思います。そのあたりを少しずつでも紐解いていくことが大事なのだと思います。
高橋惠子(たかはし・けいこ):聖心女子大学名誉教授。主著に『人間関係の心理学――愛情のネットワークの生涯発達』(東京大学出版会,2010年),『第二の人生の心理学――写真を撮る高齢者たちに学ぶ』(金子書房,2011年),『発達科学入門(全3巻)』(東京大学出版会,2012年,共編),『絆の構造――依存と自立の心理学』 (講談社,2013年)など。→Webサイト
柏木:
私は,日本ではジェンダー問題は男性の問題だと思っています。女性はある意味でそのことの不当さを感じて何とかしたいと思っているけれども,いまでも男性は稼いで仕事で偉くなることしか頭にないじゃないですか。自分が「粗大ごみ化」していることに考えを及ぼしている人が本当に少なくて,広い意味での社会を見ていないと思います。どの国際比較調査でも,日本の男性の家事・育児は最低水準です。そのことがどのような問題をはらんでいるかを男性が考えないといけません。本当に発達不全だと思います。
柏木惠子(かしわぎ・けいこ):東京女子大学名誉教授。主著に『子どもという価値――少子化時代の女性の心理』(中央公論新社,2001年),『家族心理学――社会変動・発達・ジェンダーの視点』(東京大学出版会,2003年),『日本の男性の心理学――もう1つのジェンダー問題』(有斐閣,2008年,共編),『家族を生きる――違いを乗り越えるコミュニケーション』(東京大学出版会,2012年,共編),『おとなが育つ条件――発達心理学から考える』(岩波書店,2013年)など。
高橋:
おそらく,社会全体のジェンダーによる差別化が激しい,つまり政治・政策がそうなっているんです。そして,男性は過労死するまで働くという状態になってしまう。母親が働きたいというのはアイデンティティの問題もありますけれども,もう一方では貧困問題があります。女性の4割が非正規で働いています。非正規では子どもを養っていけないですし,非正規同士で結婚したらどうにかなるかというと,それではどうにもならない。例えば育児休業をとるかどうかが社会問題になっていて,男性が2%くらい,女性が86%くらいとるといわれていますが,あれは数字にはトリックがあるとも指摘されています。つまり,働いている女性の62%は妊娠したり出産生すると仕事をやめているわけです。その人たちのことは取得率の計算には入っていないのです。非正規の人も育児休業をとれないので数字に入っていない。正規の仕事をしていて子どもが生まれても働き続けたいと言っている人の中でどのくらい育児休業を取得しているかという数字が86%なわけです。子どもがいる人全体で見ると,女性でも17%くらいしかとれていません。女性がそうしたひどい目にあっていて,その子どもも犠牲者です。
さらに,ひとり親家庭は本当に大変な生活状況になっています。社会全体のジェンダー化,「男の政治」を何とかしてもらわないといけません。小手先のことをするのではなくて,社会全体を根本的にどう変えていくのかというところにたどり着かないと,結局解決できないのではないかと思うほど,問題が多すぎる気がします。
根ヶ山:
それは私も同感です。『人口の心理学へ』では,「人口」をキーワードに掲げられていますが,そこが訴えるものがあると思います。社会科学の香りがして,人口の問題は政治や制度づくり,経済,そして過去・現在・未来を見て人口動態がどうなっているかを見るうえで,先ほど言ったトリの目を要求します。それは社会が変わらなければいけないという力になると思います。これが,父親と母親と子どもの問題や高齢者と孫の問題といった個の問題に収束すると,なかなか政治が動いてくれないと思います。柏木先生がおっしゃったように,待機児童の問題もこのレベルで見るのでは解決しないのだと思います。単に足りないのだからつくればいいじゃないかということではなくて,もうちょっとマスの視点で,世の中の価値観を変えていかないといけない。政治とか社会科学的な力学が必要だと思います。そういう意味で「人口」という言葉がぴったりだと思います。
根ヶ山光一(ねがやま・こういち):早稲田大学人間科学学術院教授。主著に『ヒトの子育ての進化と文化―― アロマザリングの役割を考える』(有斐閣,2010年,共編),『アロマザリングの島の子どもたち』(新曜社,2012年)など。→Webサイト
高橋:
それはとても嬉しい評価ですね。
教育の問題
柏木:
そうですね。いまお二方がおっしゃったことですが,貧困化の問題がようやくクローズアップされてきました。とりわけ母子家庭・単身家庭の貧困率が一番高い。これは本当の意味でのキャリア教育をしていないからだと思います。日本の女性は,リクルートスーツを着て会社をまわって就職活動をするけれども,ずっとは仕事を続けないで,子どもが生まれると「やっぱり私が育てないと」とか「すぐに保育園に預けられないので,私が育てる」ということで,無職になる。苦しくなってせめてパートを働くけれども,それが貧困のベースにあると思います。
一方で離婚は誰にでも起こりうることになりました。昔のように結婚したら死ぬまでなんて思っている人は誰もいない。感情は変わるのだから,変なのが隣にいるのよりは1人の方がいいと誰だって思う。そういうことを結婚がはらんでいることも踏まえて,どう職業をもつか。自分のことは自分で養うという気持ちは男性も女性ももつべきだと思います。養うというのは稼ぐことと,家事をやること。男性も女性もそうでなければ,いまの離婚の多い社会は生きられません。そしてそれが可能になっている。それなのに,子どもが生まれたら仕事をやめて,仕事をしたくてもパートしかなくて,離婚をしたら貧困になるという悪循環がいまも続いています。