人間の命と死,そして心――『人口の心理学へ』が問いかけるもの(2)

少子・高齢・人口減少――世界に先駆けて日本が直面する人口現象は,私たちの命や心とどう関わるのか。新しく提起された「人口の心理学」をめぐって,発達心理学,家族心理学を専門とする4人が,その問題の所在と今後の展望を語り合いました。第2回は育児,出産,親子関係や家族について議論が展開されました。(編集部)

連載第1回はこちら

出産・育児とコントロール

高橋:

人口というのは人が増えたり減ったりすることを表す概念ですが,いまお話しいただいたように少子高齢化,そして日本においては人口が現在がピークで今後は減っていくという人口減少という問題もあります。2060年には人口が9000万人を割ると予想されています。人口に変化が起こっていて,その変化を生んだのは人間であり,しかもそれは人間が努力して到達したものではあるのですが,その変化に心や文化がついていっていないというところが問題なのではないかと思います。柏木先生に,この本のさまざまな論点に触れてお話ししていただきましたが,仲先生から自己紹介をかねて,どんなことをこの本から感じられたか,どういう問題がまだ扱われていないように思われたかをお話しいただけますでしょうか。

Author_TakahashiKeiko高橋惠子(たかはし・けいこ):聖心女子大学名誉教授。主著に『人間関係の心理学――愛情のネットワークの生涯発達』(東京大学出版会,2010年),『第二の人生の心理学――写真を撮る高齢者たちに学ぶ』(金子書房,2011年),『発達科学入門(全3巻)』(東京大学出版会,2012年,共編),『絆の構造――依存と自立の心理学』 (講談社,2013年)など。→Webサイト

仲真紀子(以下,仲):

この本は生と死という深淵なテーマを扱っています。襟を正す思いで,読みました。私自身は認知心理学,発達心理学を専門として,記憶の発達や母子のコミュニケーションの研究をしてきました。実験心理学にしがみついてはいるのですが,四半世紀ほど前にある弁護士から子どもの供述の信用性を見てほしいと頼まれ,それ以降,どうすれば事件や虐待に巻き込まれた子どもから,より正確に話を聞くことができるか,たくさん話をしてもらえるかという研究にも携わってきました。出会う事例としては,子どもが虐待を受けた可能性があり,こういう供述をしているのだけれども信用性はどうだろうかとか,被害を受けている子どもから供述をとりたいのだけれどもどういう方法で聞けばよいだろうかなどがあり,日々,実務に携わる専門家の方たちと一緒に考えたり,悩んだりしています。司法面接という面接法があるのですが(1),それは,司法現場や福祉現場で,子どもへの負担を少なくしつつ,できるだけ正確な情報を聴取することを目指した面接法です。その開発,そして,警察官,児童相談所職員,検事,弁護士,医療関係者などに,そのトレーニングもしています。10年くらい前から開始したのですが,受講してくださる方の数も増加し,これまでにおよそ4000人くらいの方が受講されました。そういう中で入ってくる話も,やはり虐待とか事件とかです。

Author_NakaMakiko仲真紀子(なか・まきこ):北海道大学大学院文学研究科教授。主著に『法と倫理の心理学――心理学の知識を裁判に活かす 目撃証言,記憶の回復,子どもの証言』(培風館,2011年),『こころが育つ環境をつくる――発達心理学からの提言』(新曜社,2014年,共編)など。→Webサイト

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そういう観点からこの本を読みました。子どもの数がどんどん少なくなって,1人の母親から生まれる子どもの数が1.4人程度になっているのに,一方で,子どもの命がないがしろにされている。虐待の相談件数は年間に9万件,亡くなっている子どもが100人ほどいます。子どもでありながら子どもを産む人もいます。産んだ子どもが生まれた子どもを育てることはできないので,生まれた子どもは施設や里親のもとに引き取られます。また,中絶をするケースもあります。子どもが少ない,あるいは計画出産がなされている一方で,できちゃった,生まれちゃった,という世界がある。

基本的に,子どもを産むということはコントロールできないことであるように思います。本書には人工授精の難しさや出産前の検査の話があります。人の手でできることもあるけれども,最終的なところは天に任せるしかないように思います。

自分の話になりますが,私は24歳で結婚して,子どもが生まれたのは29歳でした。研究者になりたいと思っていたので子どもを産むのはまだまだ先,と思っていました。けれども結婚して5年ほど経ったときに,学位論文の準備もそろそろできて,子どもがほしいなと思いました。いざ子どもをつくりたいと思ってもなかなかできなくて,お医者さんに行ったところ「29歳まで産まなかったのか。それはもっと早く考えないとだめだよ」と言われ,そうだったのか,と思いました。そのときに1本注射をしてもらったら,そのあとに双子を妊娠しました。

それまでの生活では,いつまでに実験をして,いつまでに原稿を書き,学会があるからいつまでに準備をして,いつ研究発表してと,すべて自分でコントロールして,立てた計画に沿ってやってきました。けれども,子どもができるかどうかは計画の外,計画できないことでした。それでも妊娠しているときは3カ月経てばこのくらいの大きさになるとか6カ月だと音にも反応するようになるとか,アジェンダ通りに進むような気がしていたのですが,陣痛が始まったらあとはローラーコースターに乗ったような感じで,「ちょっと待って。まだもう少し待ってほしい。陣痛止まって」と思ったりしましたが,陣痛はどんどん強くなって,生まれたわけです。生まれた後はおっぱいをあげることから始まって,思っていた通りにはまったくいかず,自分のことはできないし,子どもはずっと泣いているし,何をどうすればよいかわからないままやみくもに生活せざるをえませんでした。こんなはずではなかった。こういうことになると誰も教えてくれなかった,と思いながらなりふり構わず生活する,ということになりました。

子どもをもつことは,自然によるものでコントロールできないものなのですが,年をとることも同じです。私も61歳になって,耳とか目もおぼろげになってきて,これもコントロールできません。「もうちょっと目のピントが合えば」と思うのですが,ピントはどんどん合わなくなって,コントロールのきかない坂道を下っているような気がします。


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