人間の命と死,そして心――『人口の心理学へ』が問いかけるもの(1)

少子・高齢・人口減少――世界に先駆けて日本が直面する人口現象は,私たちの命や心とどう関わるのか。新しく提起された「人口の心理学」をめぐって,発達心理学,家族心理学を専門とする4人が,その問題の所在と今後の展望を語り合いました。(編集部)

なぜ,人口の心理学か

高橋惠子(以下,高橋):

まず,柏木先生からこの本の企画の趣旨をお話しいただけますでしょうか。そのあとで,根ヶ山先生と仲先生にご自分の研究も含めて自己紹介をしていただき,そのうえで本についての全体の印象をお話しいただきたいと思います。

Author_TakahashiKeiko高橋惠子(たかはし・けいこ):聖心女子大学名誉教授。主著に『人間関係の心理学――愛情のネットワークの生涯発達』(東京大学出版会,2010年),『第二の人生の心理学――写真を撮る高齢者たちに学ぶ』(金子書房,2011年),『発達科学入門(全3巻)』(東京大学出版会,2012年,共編),『絆の構造――依存と自立の心理学』 (講談社,2013年)など。→Webサイト

Author_NegayamaKoichi根ヶ山光一(ねがやま・こういち):早稲田大学人間科学学術院教授。主著に『ヒトの子育ての進化と文化―― アロマザリングの役割を考える』(有斐閣,2010年,共編),『アロマザリングの島の子どもたち』(新曜社,2012年)など。→Webサイト

Author_NakaMakiko仲真紀子(なか・まきこ):北海道大学大学院文学研究科教授。主著に『法と倫理の心理学――心理学の知識を裁判に活かす 目撃証言,記憶の回復,子どもの証言』(培風館,2011年),『こころが育つ環境をつくる――発達心理学からの提言』(新曜社,2014年,共編)など。→Webサイト

柏木:

『人口の心理学へ』(1)を読まれていない人もサイトをご覧になるということですので,この本の成り立ちのことも含めてお話ししたいと思います。高橋先生とはこれまでにもいくつかの本を一緒に編集してきました。1年くらい前,高橋先生から連絡がありまして,また一緒に仕事がしたいという申し出をいただきました。じつは,私は自分の心身機能が衰えてきたように思ったものですから,あまり責任のある役はしたくないと思いまして,講演や執筆はもうやめようとちょうどその半年前に決めたところでしたので,その旨を高橋先生にお伝えしたのです。しばらくしてから高橋先生から,「いまどんなことに関心をおもちでしょうか」とお尋ねがあったので,「それは何といっても人口の問題よ」と返事をしたところ,もう少しくわしく教えてほしいということだったので,問題だと思っていることを書き送りました。すると高橋先生がそれをご覧になって,「たしかに面白い問題だし,勉強して手伝いますから絶対にやりましょう」とおっしゃったのです。それでこの本ができました。私にとっては,最後の本として,私自身がこれは残された課題だと思っていたことが本になってとても嬉しいです。

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Author_KashiwagiKeiko柏木惠子(かしわぎ・けいこ):東京女子大学名誉教授。主著に『子どもという価値――少子化時代の女性の心理』(中央公論新社,2001年),『家族心理学――社会変動・発達・ジェンダーの視点』(東京大学出版会,2003年),『日本の男性の心理学――もう1つのジェンダー問題』(有斐閣,2008年,共編),『家族を生きる――違いを乗り越えるコミュニケーション』(東京大学出版会,2012年,共編),『おとなが育つ条件――発達心理学から考える』(岩波書店,2013年)など。

書名の最後に「へ」がついていますが,じつは最初は「人口の心理学」という書名にするもりでした。執筆者の方にもそうお伝えしていました。しかし,あとでお話しするように,人口という問題を踏まえた心理学の研究はほとんどありません。歴史学,民俗学,医学,看護学などで扱っている問題はまさに心理学的な問題であり,そうしたものを心理学で取り上げるべきだ,という問題提起として,「人口の心理学」にまだなっていないけれど,それを目指しているという意味(towardという意味)を込めて書名に「へ」をつけたいと,最後の段階でお願いしました。研究者としての良心にも関わることでもあり,このタイトルになりました。

なぜ「人口の心理学」か,ということですが,この頃,新聞を開いてもテレビを見ても,政治家やメディアから「日本は少子高齢化だ」と枕詞のように出てくる。政治家はそれに対して少子は困るということで,何とかしたいと少子化対策をしています。保育園をつくるのもそういう観点からです。高齢者が増えているから介護が大事だと制度もつくった。しかしながら,実効はあまり挙がっていない。これがなぜかというと,なぜ少子になったのかという心理学的な問題を全然踏まえていない,ケアをするということ,ケアをされるということがどういう意味やプラス・マイナスを含んでいるかということの実態を知らないからです。これらは家族の問題に非常に関わることなのに,単に「家族が一番」などと言ってそれを手厚くしようという方向だけを出しています。

こういった風潮を見るにつけ,これは心理学が怠慢だからだとかねがね思っていました。とりわけ発達心理学者の責任は大きいと思います。発達心理学者は,人間は未熟に生まれるので,環境が大事だと認識しています。例えば,日本に生まれることとアメリカに生まれることとは違うということから日米比較をしたり,家庭の親のしつけを調べたりと,環境をものすごく大事にしてきました。それは私も認めないわけではないのですが,少子高齢化は人類がはじめて出合った事態にほかならないわけです。日本は他の国に比べて合計特殊出生率の数値は低く,2014年の平均寿命では女性は世界1位で,男性も3位です。少子高齢という事態にはじめて出合った日本人にとって,枕詞ではすまない。少子高齢という事態がどういう「心」をつくっているのか,どういう人生や生きがい,生活をつくっているかという心理学の問題であるのに,そのことを取り上げていないということが大変問題だと思ったのです。

書名の最後に「へ」とつけたのは,この本の執筆者に心理学の研究者が非常に少ないからでもあります。仕方なく,こういう問題もあると私たちが知っている他分野の研究者の方々に力を貸していただいた。本書で取り上げたテーマが今後心理学の課題になることを,私としては期待しています。ぜひ高橋先生には「人口心理学の展開」という本でもつくっていただきたいと願っているのです。


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