人間の命と死,そして心――『人口の心理学へ』が問いかけるもの(2)

家族とは

高橋:

いろいろと話題が出てきましたけれども,家族についてまず考えてみたいと思います。家族が非常に変わってきて,家族をもたない人もいる。家族を養いたくても養えない人も日本では出てきた。そうした家族にまつわるいろいろな問題をどう解決していくのか。例えば,北欧のデンマークで出産した夫婦は「あなたの子どもはあなたのこどもではない」と書かれた表紙のパンフレットを直後に受け取るそうです。そこには「あなたの子どもには自由と人権があり,両親だけの所有物ではない。子どもは国の将来」と福祉国家としての制度や仕組みの説明が書かれているのだそうです。子どもは社会の子どもであり,あなたの子どもは社会が手伝って育てますよ,という政策をとっているわけです。このようにうまく育てられない子どもを救っていこうという知恵を出している国々も出始めています。

日本では,非常に中途半端で,男性はこう,女性はこうという伝統的な家族についての文化があり,血のつながりのない子どもはダメだというものもあり,そうした古い文化がくっついて,家族をどうしていったらよいのか考えが定まらずに,どろどろとしているところがあると思います。

例えば,アロペアレンティング,あるいは,アロマザリングということを考えたときに,根ヶ山先生は家族をどのようにお考えになられますか。

根ヶ山:

アロマザリングというと,子育てを補佐する・支援する・サポートする人が母親のほかにいるということで,それは父親や祖父母だったりします。家族自体がアロペアレンティング的な構造をもっていると思います。私はもともと動物行動の研究をしていますが,哺乳類にはオスがどこかに行ってしまいメスだけで子どもを育てるものが現実的に多いわけです。ヒトの場合は,いろいろな理由から,サポートする人が入ってきて,それを子育てのシステムとしています。それ自体が,ヒトの生物学的な基盤とそれを超えた力が作用し,ミックスされた状態だと思います。個を超えたシステムとして家族が存在しています。生物学的な基盤もあるし,オスの繁殖戦略やメスの繁殖戦略もあるし,それぞれがせめぎ合いながらも協力してやっていて,家族はコンフリクトをはらんだものだと思います。もともと円満な関係だけではなく,さまざまな駆け引きの場でもあるわけです。しかも地域や近隣には家族が複数ありますので,そこで支え合ってアロペアレンティングが成立することもあり,ネットワークの中でヒトは子育てをしています。地域のネットワーク構造や,その中で家族がどう機能しているかが問われてきます。

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ヒトの場合は職業人としてお金をもらって子どもを預かったり,サービスを提供したり,高齢者の介護のケアをしたりする人がいて,さらに大きなシステムもあります。非常に重層構造・複合構造をもっています。中で動いている個々人は,その重層的な要素をその人の価値観に基づいて勘案するわけです。家族の中で完結する人,外に出ていく人,外から中に取り込む人,お金を払ってプロにゆだねる人,いろいろと複雑な様相を呈していると思います。そのことはヒトの福音でもありますが,難しいことを生み出してもいると思います。

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高橋:

実際はそうなんですが,家族をいままではそういうモデルでは考えていないですよね。教育の社会化,介護の社会化という言葉が使われますが,いま先生がおっしゃったようにいろいろなシステムが入り組んでいて,個々の家庭によっても違う。本来はそうなのですが,家族というシステムを閉じたものとしてそこから物事を考えすぎているのだと思います。

柏木:

そうですね。最近の同性カップルは別として,家族は基本的には男性と女性で成り立っていると思いますが,それぞれがどういう役割を果たすかが,かつてと最近とでは大きく変わったと思っています。私は,男性が働いて稼いで女性が家事・育児をして家庭を守るという性別分業は,絶対に悪だとは思いません。それしかなかった時代がありました。狩猟の時代に女性が獲物をとってくることは無理ですし,子どもは次々に生まれてくるわけですし,文字通り手を使って育てなければいけませんから,性別分業が一番の最適性をもっていた。それがいま崩れてしまった。人類が機械を発明し,商業を発明し,手作業をしなくて食料を調達でき,力仕事ではなくなって労働力の女性化により女性だって働けるようになった。男性しか働いて稼ぐことができないという状況が崩れてしまったにもかかわらず,依然としてそれが残っていて,女性も働いて稼いでいるのだけれど家事・育児もちゃんとおろそかにしないようにと,多重役割が求められていてアンバランスが大きいと思います。家族の役割がかつてのようにジェンダーによって分けられるわけではなく,それぞれの家庭ごとに選択ができるようになったにもかかわらず,そうではないことにすごく問題があります。いま結婚をしない人が増えていることの背景にはそういうこともあります。結婚をしなくても何でも買ってこられるし生活もできると,男性も女性も思っている。

かつて50年以上前,私が大学に進学する頃は,4年制大学に進学する女性は3%でした。そういう意味では大学を出た女性はエリートでした。いまでもつきあいのある友達が5人いますけれど,みなさん聞けばわかるような有名な物理学者や有名企業の役員の妻です。みんな仕事をやめて,家を守っていました。私だけが仕事をやめずに変人だったわけですけれども。いまの女性はそんなことを考えません。自分で稼ぐことができるし,そのことが強い意味をもっています。相手がいくら稼ぐとか,どれほどの財産をもっているかとは別の形で家族形成ができるようになってきて,現実もそうなってきました。これは文明がつくった家族へのポジティブな影響だと思いますが,それがネガティブにしか出ていないと思います。男性が依然として「身を立て名をあげ」であり,女性は仕事もいいけれども家事・育児もちゃんとやりなさいと言われる。だから少子化がいやでも進むわけです。ジェンダーのことを相対的に見る視点が必要だと思っています。

先生方にご意見を伺いたいですが,いま保育園をつくってもつくっても待機児童が増えています。新しく入れたい人が増えるということですね。500人分が必要なところに200人分をつくって300人になったわけではなく,その間にやっぱり保育園に入れたいと新しい人が思ったわけです。これはすごい変化だと思います。アロマザリングの本を根ヶ山先生と編集したときに,むしろ保育園に入れたがらない親を取り上げて,「他人は信用できない」「母親が一番」だと思っているからだと書きましたが,いまや多くの人が「保育園がほしい」と言っているのは,自分だけではなくて保育園に預けることへのポジティブな感情や評価,そして妻でもなく母でもなく自分がありたいという機運が強まってのだと思います。待機児童がどんどん増えることの根源的な部分を考えずに,ただ数を補えばいいとなっているのが私はとても不満です。それがどのようなメンタリティによって起きているのかを政府は認識していないし,いまでも男性の中には「妻に育ててもらいたい」と言う人がいますが,何をそこに求めているのか,相手の人生をどう考えているのか,ということもとても重要な視点かなと思います。

仲:

先生もおっしゃるように,家族を考える場合,産業構造との関係性は無視できないと思います。農耕時代は女性が働かなかったわけではなくて,女性は女性の仕事が,男性は男性の仕事があり,農業を営んできたんだと思います。そうした産業構造の中では大家族が一番適応的だったということだと思うのですが,サービス産業が大きくなって大半の個々人が会社員になってお金を稼ぐようになれば,どこに住んでいてもある意味同じで,自分にとって収益の高いところに行くことが有効ということになる。モビリティが高まって,家族が一緒に住んでいなくてもよくなってきた,ということがあるかもしれません。研究者仲間で話をしていると,夫と妻が別のところに住んでいて,子どもも小さい間は母親と一緒にいるけれども高校生になったら留学したり,大学生になったらまったく違うところに行ったりと,それぞれがバラバラに住んでいる家庭が増えているような印象を受けます。一緒に収入をあげて適応的に生活をしていくのが家族というわけではなく,重要なのは精神的なつながりになっていくのかもしれません。高橋先生の対人枠組みの研究のように,いま近くにいる人ではなく,心の中で思っていて,何か頼りにしたいときにはSkypeでもLINEでも連絡ができるという形態の家族もあるのではないかなと思います。

将来的には地理的・物理的な場所にとらわれず,それぞれが自分の目標を追求しながら精神的にはつながっている,という家族の形態もありうるのではないかと思います。家庭に養育能力がないので外に出される子ども,家に住めないのでグループホームに住んでいる子どももいるわけですが,その場合,そこがよりどころであり家族であり,生物学的なつながりによらない家族もあるように思います。

高橋:

いろいろな家族の形態が出てくるだろうということですね。

(→続く:近日公開予定)

柏木惠子, 高橋惠子編
ちとせプレス (2016/7/5)

人口が減り始めた日本。私たちはにどう関わるべきか? 命についての問題――生殖補助医療,育児不安,母性,親子,介護,人生の終末―に直面し苦悩し,格闘する心を扱う「人口の心理学」の提案! 心理学のみならず,人口学,社会学,生命倫理,日本近代史の第一線の論客が結集し,少子化,高齢化,人口減少に直面する日本社会のあり方を問う。

文献・注

(1) 仲真紀子 (2014).「司法・福祉における子どもへの面接――司法面接と多職種連携」子安増生・仲真紀子編『こころが育つ環境をつくる――発達心理学からの提言』新曜社,pp. 129-144.
仲真紀子 (2012).「子どもの証言と面接法」日本発達心理学会編,根ヶ山光一・仲真紀子責任編集『発達科学ハンドブック4 発達の基盤――身体,認知,情動』新曜社,pp. 284-296.

(2) 小泉智恵・平山史朗 (2016).「生殖補助医療・不妊治療のいま――心とテクノロジー」柏木惠子・高橋惠子編『人口の心理学へ――少子高齢社会の命と心』ちとせプレス,pp. 37-53.

(3) 根ヶ山光一・柏木惠子編 (2010).『ヒトの子育ての進化と文化―― アロマザリングの役割を考える 』有斐閣


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