知覚的リアリティの科学(2)

バーチャルリアリティ――リアリティをつくり,変える技術

三次元音響

視覚の次によく研究されているのは聴覚・音響ディスプレイです。音がどこから聞こえているかわかることを音源定位といい,聴覚心理学や音響工学でも研究されています。その中でもVRで注目されるのは,頭部伝達関数を用いた三次元音響です。頭部伝達関数というのはとても難しい言葉ですが,外界に音の発生源があるときに,ヒトの耳にある鼓膜まで音がどのように変化して伝わるかを記述するものです。じつは,音はそのまま鼓膜に届くのではなく,顔の表面や耳たぶ,外耳道などで複雑に変化を受けています。私たちの脳は,自分の頭,顔,耳の材質や形の情報を使って,鼓膜に届いた音から,それがどこから伝わったのかを推定しているともいえるでしょう。

これを簡単に実現するのは,バイノーラル録音です。実際に耳の中にマイクを入れて録音する方法や,ダミーヘッドとよばれるヒトの頭部を模擬した装置にマイクをつけて録音するものです。いまは,ローランド社から専用のマイクロホンが1万円程度で販売されていますし(17),自作すれば数百円でできます。この方法で録音した音は,特に後ろから話しかけられると高いリアリティでそこに他者の存在感を感じます。これを利用したのが,アミューズメントパークにある三次元音響のアトラクションです。よく見かけるのは,テーブルに何人かで座り,ヘッドホンをつけると部屋が真っ暗に成り,恐怖体験をするものです。機会があれば,ぜひ体験していただければと思います。

一方,バイノーラル録音ですと録音した音の再生しかできませんので,頭部伝達関数を記述し,それをさまざまな音にコンピュータの処理でかけ合わせることで,自由に立体音響をつくり出すことができます。ただし,人ぞれぞれで頭部や耳の硬さや形が違うこと,関数の精度の問題などもあり,実際のリアリティはそれほどでもないものもあります。

身体が動いている感覚

先に三次元音響の話で触れましたが,VRはディズニーランドやユニバーサル・スタジオなどアミューズメントパークや遊園地でよく利用されています。その中でも人気が高いのは,自分の身体が動いて感じられるものです。古くは「びっくりハウス」というアトラクションがあり,部屋の中にあるブランコに乗っていると,本当は少ししか揺れていないのにぐるぐる回転して感じられます。実際には,外側の部屋が回転しているのですが,自分の乗ったブランコと自分自身が回転して感じられます。スター・ツアーズ(ディズニーランド)やバック・トゥ・ザ・フューチャー®・ザ・ライド(ユニバーサル・スタジオ),アメージング・アドベンチャー・オブ・スパイダーマン・ザ・ライド(ユニバーサル・スタジオ)なども同様に,椅子が振動すると同時に,映像が大きく動くことで,自分自身が動いて感じられます。これらは,ベクション(視覚誘導性自己運動知覚)という現象を利用したもので,VRでも自己運動を体験させるのによく使われるものです。そして何より人がびっくりする体験として非常に強いものです。

私たちは,自己身体の移動感覚を前庭感覚や視覚を用いて行っています。前庭感覚は耳の奥にある三半規管や耳石による感覚(平衡感覚)で,速度が変わるときによく生じます。一方,速度が変わらないときには前庭感覚は機能せず,視覚情報が優位になりますので,視覚を使って大きな自己移動を体験させられるのです。それゆえ,動き始めや方向転換などをリアルに体験させるために椅子を動かして前庭感覚を刺激し,その後うまく視覚情報につなげることで全体的にリアルな移動体験をもたらすことができます。

おわりに

今回は,バーチャルリアリティの歴史,装置などの基本要素技術,特に視覚,聴覚,自己運動感覚に関するリアルな体験の生成法についてお話をしました。VRの歴史はまだ30年に満たないくらいです。日本バーチャルリアリティ学会(18)が昨年20周年でした。心理学の歴史は130年を超えます。それでも物理学や建築学に比べればはるかに新しい学問と言われています。つまり,VRには歴史と言えるほどのものはまだありません。いますぐ飛び込む勇気があれば,まだまだVRの基礎の基礎,その本質をつくることができます。

スポンサードリンク

(→第3回に続く

文献・注

(1) ラニアー(Jaron Zepel Lanier, 1960- )。

(2) 舘暲 (2002).『バーチャルリアリティ入門』ちくま新書

(3) Blanchard, C., Burgess, S., Harvill, Y., Lanier, J., Lasko, A., Oberman, M., & Teitel, M. (1990). Reality built for two: A virtual reality tool. ACM Proceedings of the 1990 symposium on Interactive 3D graphics, 35-36.

(4) ヴント(Wilhelm Max Wundt: 1832-1920)。

(5) プラトン(Platon: BC 427-BC 347)。

(6) アリストテレス(Aristotélēs: BC 384-BC 322)。

(7) デカルト(René Descartes: 1596-1650)。

(8) サザランド(Ivan Edward Sutherland: 1938- )。

(9) Sutherland, I. E. (1968). A head-mounted three dimensional display. Proceedings of AFIPS 1968, 757-764.

(10) 「ダモクレスの剣(The Sword of Damocles)」(Wikipedia)

(11) Ivan Sutherland – Head Mounted Display(YouTube)

(12) ハイリグ(Morton Leonard Heilig: 1926-1997)。

(13)  Morton Heilig’s Sensorama (Interview)(YouTube)

(14) オキュラス社Oculus Riftのサイト

(15) HTC社Viveのサイト

(16) ソニー社Play Station VRのサイト

(17) ローランド社 バイノーラル マイクロホン

(18) 日本バーチャルリアリティ学会のサイト


1 2 3
執筆: