知覚的リアリティの科学(2)

バーチャルリアリティ――リアリティをつくり,変える技術

ヘッドマウント・ディスプレイ

VRを特徴づけるものは,何と言ってもヘッドマウント・ディスプレイ(以降,HMD)でしょう。眼のすぐ近くにディスプレイを配置するので視野を覆いやすく,広視野角の映像を提示することで没入感(VRの世界に入り込んでいる感じ)が生じやすくなります。左右の眼に異なる映像を提示することも容易なために,両眼立体視での三次元表示に向いています。これまでも1995年には任天堂からバーチャルボーイという覗き込むタイプのHMD風ゲームが発売され,1990年には100万円から1000万円を超えるレンジで多くのHMDが販売されました。2000年代には液晶ディスプレイが廉価になり,視野角は狭いが10万円程度の安価なものも出てきました。

ただし,HMDはそれほど一般的にはなりませんでした。やはり重い装置を頭部に被るという不便さがあります。また,安価なものは視野角が狭い(広くするためには高価な光学系を搭載しないといけない)という問題がありました。そして何よりHMDは頭部(視線方向)を動かしたときに,それに連動した映像の変化が適切に提示されないと意味がないという問題があります。この頭部運動との連動は,多くの場合別売りのセンサを購入し,自分で連携するプログラムを書くか,非常に高価なVR用の統合開発ソフトウェアを導入する必要がありました。筆者も1990年代半ばからこれら両方の方法でVR環境をつくって実験をしてきましたが,満足のいくようなものにはなかなかなりませんでした。どうしても頭部運動と映像の動きがずれて(遅延して)しまうのです。VR分野で一般的な磁気センサは1秒間に60回(せいぜい240回)の計測しかできず,最低でも17ミリ秒遅れ,複雑な処理をするとその何倍も遅れます。そうするとどうしても世界は静止して見えず,頭を動かすたびに少し揺らいでいる映像世界(実世界ではなく)を見ている印象になります。

頭部運動をすると,そのときそのときの目の前の景色がちゃんと見える,ということが没入感にはとても大切です。それが視覚世界のリアリティを生みます。その正反対は,知覚心理学で使われる逆さメガネ(視野反転眼鏡)です。歴史のある心理学研究室には必ずありますので,興味のある人は先生に聞いてみてください。逆さメガネは,プリズムを用いて左右あるいは上下に視野を反転させます。光学系だけですので時間の遅れはありませんが,頭を右に向けると視野がいつもと逆の右に動くので世界が急激に動いて見えます。ほとんどの人は頭を数回振るだけで酔って気持ち悪くなってしまいます。知覚的なリアリティを壊すと,現実感がなくなるだけではなく,気持ち悪くなってしまうと考えることもできます。

2016年はHMD革命の年と言われています。第二次VRブームと言えるかもしれません。2014年にオキュラス社からOculus Rift DK2(Development Kit 2)が開発者向けに発売されました。日本からの購入でも350アメリカドルに送料75アメリカドルで当時5万円以下で入手できました。本研究室にも4台導入しました。このシステムが人気を博した最大の理由は,頭部運動を計測するジャイロセンサが内蔵されており,Unityという開発環境の無料版で簡易にプログラムすることができたことでしょう。その頭部運動計測は1000Hz(1秒間に1000回)とされており,体験的にもこれまでにない頭部運動との連動性の正確さ,素早さがあります。そのおかげで,VRの世界がぴたっと止まって見えます。そして,解像度はそれほど高くないものの(単眼で横960×縦540 pixel相当),非常に広い視野角(横90×縦110 pixel)とコントラストの高い有機ELディスプレイを有しています。HMDとしては質的な変化ではなく,あくまでも量的改善といえますが,体感としてのリアリティの高さは多くの人に強いインパクトを与えました。2016年には製品版が出荷されており(14),値段は価格の上昇と為替変動のせいで10万円弱となっています(残念ながら筆者の手元に来るのは7月半ば以降の予定ですので,使用感はお伝えできません)。同様のHMDはそのほかにも,HTC社のVive(15)がすでに発売され,ソニー社もPlay Station VR(16)の発売を予定しています。スマートフォンを眼前に設置して見まわせるようにする装置(紙製,プラスティック製など)も身近になっており,さまざまな方法で簡便にVRが体験できるようになっています。

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図2-1 HMD(Oculus Rift DK2)

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