パーソナリティのそもそも論をしよう(2)
Posted by Chitose Press | On 2016年03月22日 | In サイナビ!, 連載小塩:その当時も,病理的な方ではパーソナリティ障害が扱われていたのですが,たしかに一般的なパーソナリティについては良し悪しはあまり考えなかったと思います。
渡邊:まだ学会が日本性格心理学会だったときに,「良い性格,悪い性格はあるか」という発表をしたことがあります。そのときに言ったことは,「教科書には良い性格・悪い性格はないって書いてあるけれども,明らかにあるじゃないか」ということでした。いまそう聞かれたら,みんな「いや,あるでしょ」と言う気がしますが。20年経つ間に自分自身の感覚も変わりました。いま,性格に良い悪いがないと,そんなに素朴には言えないです。イデオロギーとして,良い悪いがないものとして考えた方が良い,とは私自身の立場としては言うと思いますが,心理学の中で良い性格・悪い性格がないとはとても言えません。
小塩:いっぱいそうした特性は研究されています。
渡邊:ここにおられるみなさんもそういうことと関係する研究をされていますから。
北村:臨床心理学でちょっとさかのぼれば,精神的な病気や神経症などに関して,それが悪いのかという議論があの時代にはありました。
北村英哉(きたむら・ひでや):関西大学社会学部教授。主要著作・論文に,『進化と感情から解き明かす社会心理学』(有斐閣,共著,2012年),『認知と感情――理性の復権を求めて』(ナカニシヤ出版,2003年),『なぜ心理学をするのか――心理学への案内』(北大路書房,2006年)など。→webサイト,→twitter: @pentax。
渡邊・小塩:そうそう。
北村:そもそも診断などが臨床の世界ではいまは当たり前だけれども,心理診断をするということ自体の権威性みたいなことが問題にされていて,そういうことが日本臨床心理学会の分裂を招いたわけです。簡単にそこに価値をもち込んで,良い人・悪い人,良い人生・悪い人生,病気はその人のせいなのか社会のせいなのか,病気や異常を定義するものは何なのか,みたいなことが議論されていました。その続きでいえば,心理学はニュートラルでなければいけないとか,性格の良し悪しを語ってはいけないというような雰囲気が生まれた時代があったように思います。
小塩:1970年代くらいですね。
渡邊:時代的には連動しているんですよね。パーソナリティの状況論みたいなものと。ヨーロッパで反精神医学運動が起きて,それが日本には比較的弱い形で入ってきましたが,日本でそれが一番はっきり表れたのが日本臨床心理学会問題ですね。
小塩:ちょうど最近,日本臨床心理学会編の『心理テスト――その虚構と現実』(4)を読んだんです。
渡邊:日本臨床心理学会(5)はいまもありますが,紆余曲折があって,患者さんの立場に立つ学会になったんですよね。その中で精神科医とか臨床心理士が行う心理査定というものは権威じゃないか,と。この人はどういう異常があってとか,この人はどういう病気があって,ということを勝手に決めるな,ということになった。
北村:不登校の話でもその頃に出てきたのは,学校が不登校を起こすような環境を与えているから学校を改善しないといけないのが第一なのに,心理の一部の人たちは悪い学校に適応させるように子どもを変えようとしていて,それは間違っているといった議論がありました。障害者の問題でも統合教育をしようとしたとき,コミュニケーションや話すということが十分にできにくい子どもの入学を小学校が拒否するけれども,本人はみんなと一緒に遊びたい,というようなことがあった場合にどう考えるか。障害を障害としているのは学校や社会が一緒にできないからその人たちを排除するような定義をしているのか,障害は生来的な固定的な異常と定義するのかという議論ですよね。私たちの少し前の世代がそういうことをやっていたわけですが,そうした頃には良い悪いというようなことは非常に敏感な問題でした。
渡邊:そうそう,怖くて言えなかったんだよね。私はそういった考え方が内在化されているから本当に不登校の問題が出てきたら,これは学校の方に問題があって,とごく自然に考えてしまいます。
小塩:僕もそういう教育の名残を受けています。その流れが変わったのはおそらくDSM(6)じゃないかなと思います。
北村:どちらかというと,そういう反精神医学,つまり人を治すという力を専門性としてもちうるのかという問題から日本臨床心理学会の分裂と日本心理臨床学会(7)の設立,臨床心理士の資格ということが出てきたわけです。資格を作ろうということについて,どちらかというと当時の東京大学の教育学部は違和感をもっていて,特に違和感をもっていた人の中にコミュニティ精神医学やコミュニティ心理学を研究している山本和郎先生(8)がいて,僕が学部生のときにパーソナリティ心理学という授業をならったのは山本先生でした。あと依田明先生(9)。
渡邊:そもそも,パーソナリティ心理学という授業が昔はあまりなかったですね。
北村:パーソナリティ心理学,その頃は人格心理学ですが,文学部で詫摩先生が授業をされていたので,僕はのぞきに行っていました。教育学部で人格心理学の授業をやっていたのは山本先生。他に発達の観点で授業をされている方もいました。
渡邊:昔はいろいろな大学のちょっと特徴のある授業があるとみんなそこにもぐって聞いていましたよね。俺も東京大学の社会心理学には授業を聞きに行きました。山本先生のパーソナリティ心理学というのはどういうものだったんですか。
北村:病気の説明をしていましたね。パーソナリティ障害の話を含めて,統合失調症などの病気の話が多かったような気がします。当時,自分も臨床系の学生だったので,パーソナリティに関していえば,行動主義的なものには私はまったく触れていなくて,自分のまわりでは精神分析全盛のような感じでした。パーソナリティも精神分析的人間論,精神分析的人格論みたいなものが与えられる話で,まわりもそういうことが好きな人が多かった。精神分析的人格論を学んで,助手の人も,君たちこれを読んでみたら,と「異常心理学」というシリーズ本の1冊を紹介してくれて,それを勉強しました。
渡邊:その頃,人格心理学やパーソナリティ心理学という同じ講義名がついていても,臨床の文脈で行われるのとそうではない文脈で行われるのとでまるで内容が違いましたよね。いまでもそうだと思うけど。
北村:だいぶ内容が違って,授業題目は忘れましたが,発達の文脈から人格を学んだというのは,ジェロム・ケイガン(10)の本を使っていて,環境でどのように作られていくかという話とインプリンティングみたいな話の両方が書かれてありました。時代的には環境で子どもがどう作られていくか,ということが,教育学部でしたので多かったように思います。
渡邊:社会学部にはその当時は人格心理学やパーソナリティ心理学の授業はなかったですが,社会学部でパーソナリティが扱われるとしたら,権威主義的パーソナリティなどの社会的パーソナリティの話でした。もう1つは知覚・認知されるものとしてのパーソナリティです。同じパーソナリティや人格でも,心理学の研究分野によって考えていることも教わっていることもまるで違いました。だからパーソナリティ心理学会がなかったんですよ。
(→第3回に続く)
文献・注
(1) ヘックマン(James Joseph Heckman: 1944- )。アメリカ合衆国のシカゴ大学の経済学者。2000年にノーベル経済学賞受賞。主著に『幼児教育の経済学』など。
(2) ミシェル, W.(柴田裕之訳)(2015). 『マシュマロ・テスト――成功する子・しない子』早川書房
(3) 堀毛一也(1952- )。社会心理学者。東洋大学教授。
(4) 日本臨床心理学会編 (1979).『心理テスト――その虚構と現実』現代書館
(6) DSM(精神障害の診断と統計マニュアル)。アメリカ精神医学会による診断基準マニュアル。最新版はDSM-5。アメリカ精神医学会(日本精神神経学会日本語版用語監修,高橋三郎・大野裕監訳) (2015).『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』医学書院
(8) 山本和郎(1935- )。コミュニティ心理学者。慶應義塾大学名誉教授。
(9) 依田明(1932-2015)。心理学者。元横浜国立大学教授。
(10) ケイガン(Jerome Kagan: 1929- )。発達心理学者。ハーバード大学名誉教授。