幼児教育のエビデンスと政策(4)
エビデンスを政策に生かす――幼児教育の質の向上に必要なエビデンスとは
Posted by Chitose Press | On 2016年02月25日 | In サイナビ!, 連載幼児教育に関するエビデンスからの提言
保育者養成教育の向上と幼児教育の質の向上は同時に考えた方がよい
第2回で紹介したことですが、幼児教育の質には保育者の質が大きく関わっていることがわかっています。すなわち、質の高い教育ができる保育者を養成する養成校が必要とされます。この10年で幼稚園教諭・保育士を養成する学校が増えました。待機児童の増加により多くの保育士を必要とする社会的要求があったことも影響しているでしょう。しかし、何ごとにおいても、急な増加は質の保持や向上の課題を増幅させます。
エビデンスに基づく幼児教育を行うためには、養成教育でエビデンスに基づいた日常的な省察の手立てを伝えられていなければなりません。さらにどのような養成教育に効果があるのか。養成教育を現職研修にどうつなげていくべきなのか。専門家として成長し続ける保育者の養成そのものについてもエビデンスを蓄積し、その向上につながる研究が必要とされます。
幼児教育の質の向上は、小学校以上の教育へ向けての問いかけとなる
諸外国のモニタリング研究モデル(16)によれば、小・中・高そして社会に出た後に、どのような人生を送っていくのかを追跡する研究が必要です。2015年10月に行われたOECD参加国による会議で提出されたレポート(17)では、諸外国の追跡研究のメタ分析とともに、イギリスにおいて1970年から開始され42歳までフォローアップしたコーホート研究の結果について報告しています。この研究では、小学校期の学業成績の変化や家庭の条件を統制して分析が行われました(18)。このコーホート研究の結果も、メタ分析で示された幼児期の社会情動面の発達が、その後の全体的な発達やどのような人生を送るかに重要な影響を与えるという結果を支持しています。社会情動的スキルは、「非認知的スキル」とも呼ばれます。池迫浩子と宮本晃司によるOECDワーキングペーパー(19)によれば、社会情動的スキルは「目標を達成する力、他者と協働する力、情動を制御する力を含むもの」と定義し、健康・市民参加・ウェルビーングといった社会的成果を推進するのに重要だと考えられています。また、認知的スキルの育成にも影響を与えると考えらえます。
今後は、幼児教育の質の高さがそれを支えていることや、幼児教育の内容が知的なスキルと社会情動面のスキルの双方を育成していることを、調査の積み重ねにより明確化していく必要があります。このような長期的な追跡調査は、小学校以上の教育を含めたものになります。このようなデータが得られれば、幼児教育そのものの効果を検討すると同時に、幼児教育と小学校のつながり、さらには小学校と中学校のつながりについて、エビデンスをもとに政策を考えていくことができるでしょう。
最後に
2015年は、幼児教育の大きな転換の年でした。この転換を、これからの幼児教育の向上のための好機とするためにも、幼児教育の実践現場からのエビデンスを蓄積・発信し、次の政策決定に生かしていかなければなりません。同時に、アメリカを始めとする欧米諸国が向き合っている課題から学び、「エビデンス」という言葉に振りまわされて子どもの姿や実践現場を見失わないように注意深く研究成果を活用すべきです。研究というものがもつ限界を認識しながら、エビデンスを活用するのです。変化の激しい社会の中を生きていく、これからの日本の子どもたちの成長を支えることができる、確固とした幼児教育にしていくのはこれからです。
幼児教育は1つの学問領域では成り立たない学際性を特徴としています。この分野は心理学や脳科学や経済学による実証と、現場実践と実践研究、そして政策決定への努力と政策科学、などの交差により成り立ちます。有用性と学術性をバランスをとりつつ追究する、躍動的な場として発展しているのです。
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文献・注
(1) 無藤隆・掘越紀香 (2008).「保育を質的にとらえる」無藤隆・麻生武編『質的心理学講座①育ちと学びの生成』東京大学出版会、pp. 45-77.
(2) レッジョ・チルドレン (2012).『子どもたちの100の言葉――レッジョ・エミリアの幼児教育実践記録』日東書院本社
Reggio Children (1997). Shoe and meter. Reggio Children.
Edwards, C., & Rinaldi, C. (Eds.) (2009). The diary of Laura: Perspectives on a Reggio Emilia Diary. Redleaf Press.
(3) 秋田喜代美 (2013).「レッジョ・エミリアに学ぶ保育の質」『子ども学』1, 8-28.
(4) Gandini, L. (2012). The atelier: a conversations with Vea Vecchi. In C. Edwards., L. Gandini & G. Forman (Eds.), The hundred languages of children: The Reggio Emilia experience in transformation, 3rd ed. Praeger, pp. 303-316.
(5) (2)のEdwards & Rinaldi(2009)を参照。
(6) この研究所はProject Zeroといいます。1967年に、萌芽的先進的な研究を行う研究グループとして始まりました。後に多元性知能で有名になったハワード・ガードナーもその1人です。初期には認知科学的な研究を中心に行っていましたが、1980年代後半から90年代にかけて、教育に関するプロジェクトを熱心に行うようになり、しだいに学際的になるとともに規模を拡大し、世界中の研究者や教育機関と連携するようになっていきました。
Project Zeroが大きくなった2000年前後にMaking Learning Visible Projectが始まりました。レッジョ・エミリア・アプローチを直接イタリア人から学び、現在もボストン市公立学校や、同じボストン市内にあるウィーロック・カレッジと提携して研究を進めています。
Project Zeroのウェブサイト
学びを見える化する(Making Learning Visible)プロジェクトのウェブサイト
(7) Project Zero & Reggio Children (2001). Making Learning Visible: Children as individual and group learners. Reggio Children Publishing.
(8) 磯部錦司・福田康雅 (2015).『保育の中のアート――プロジェクト・アプローチの実践から』小学館
(9) Carr, M. (2001). Assessment in early childhood settings: Learning stories. Sage Publishing.(大宮勇雄・鈴木佐喜子訳,2013『保育の場で子どもの学びをアセスメントする――「学びの物語」アプローチの理論と実践』ひとなる書房)
(10) ニュージーランド教育省Te-Whariki(全文)
なお、テ・ファリキの中心的理念を示した図が同じニュージーランド教育省のウェブサイトの中にあります。
(11) 七木田敦・J. ダンカン (2015).『「子育て先進国」ニュージーランドの保育――歴史と文化が紡ぐ家族支援と幼児教育』福村出版
(12) Education Review Office, NZ Government, Review Process.
(13) OECD (2015). Starting strong IV: Monitoring quality in early childhood education and care. OECD Publishing.
(14) ランダム実験(randomized controlled trial)
何らかの治療や方策が有効かどうかを測定するために、実験で測定したい要因以外の条件を取り除く必要がある。例えば男性のグループにA薬、女性のグループにB薬を投与して効果を調べても薬の効果ではなく男女差を調べたことになる。そこで、グループへの割り当てを無作為に行うめにくじ引きや乱数表などのランダム化と呼ばれる方法を使って、グループ分けを行う必要がある。また、統制群として薬をまったく投与されないグループも必要になる。
したがって教育効果を測定しようとする場合、特定の教育方法を行ったグループとそうでないグループを作らなくてはならない。また誰がどのグループに入るかをランダム(無作為)に割り当てなければならない。このように作為的に割り当てを行うのは、実際には無理がある。また、実生活では子どもや家庭、地域がもつ条件が複雑に絡み合い変化していくものであるため、すべての条件を統制することは不可能である。
(15) (13)を参照。
(16) (13)を参照。
(17) Schoon, I., Nasim, B., Sehmi, R., & Cook, R. (2015) The impact of early life skills on later outcomes, Final report. OECD EDU/EDPC(2015)26.s
(18) (17)のp. 96を参照。
(19) 池迫浩子・宮本晃司(ベネッセ教育研究所訳) (2015).「家庭,学校,地域社会における社会情動的スキルの育成――国際的エビデンスのまとめと日本の教育実践・研究に対する示唆」OECDワーキングペーパー,ベネッセ総合研究所