意外といける! 学習心理学(3)

学習理論って難しいんじゃないですか?

その射程の広さとは裏腹に、「とっつきにくい」とも思われがちな学習心理学。「意外といける」その魅力を、専修大学の澤幸祐教授が語ります。第3回は、「学習研究って難しいんじゃないですか?」という核心を突く問いに立ち向かいます。みなさんも理論づくりを体験してみましょう。(編集部)

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Author_SawaKosuke澤 幸祐(さわ・こうすけ):専修大学人間科学部心理学科教授。主要著作・論文に、The effect of temporal information among events on Bayesian causal inference in rats.(Frontiers in Psychology, 5, 2014,共著)、Causal reasoning in rats.(Science, 311(5763), 1020-1022, 2006,共著)など。→webサイト、→Twitter: @kosukesa

本丸登場

今回は学習理論、特に古典的条件づけの理論をご紹介します。学習心理学をとっつきにくくしている最大の原因であり、また魅力でもある学習理論ですが、つかんでしまえば大丈夫です。ただでさえ適用範囲の広い学習心理学ですが、きっちりした理論的背景があるからこそ適用範囲の拡大が実現されているのです。お友達から始めましょう!

そもそも理論って何?

みなさんは、理論という言葉からどういう感想をもつでしょうか。学問分野によって少しずつ違うものの、理論のもつ重要な特徴に一般性があります。一般性が高いほど、より多くの現象にあてはめることができます。そして、この一般性を支えているものが抽象性です。抽象とは何でしょう。乱暴にいうと、「いらないものを捨てること」です。例を挙げてみましょう。前回紹介したパヴロフの実験は、メトロノームの音の後にエサを提示するというものでした。音はメトロノームのものでなければだめでしょうか。そんなことはありません。ブザーでも同じ現象を確認することができます。そこで、メトロノームという具体的情報を捨てて、音刺激に一般化しましょう。音ではなく光刺激ではだめでしょうか。音にこだわらないでいいのなら、音も光も含められるように「刺激」で大丈夫です。このように、具体的な情報を捨て、より一般的な記述にしていくのが抽象化であり、理論を作るうえでは重要な作業です。

理論を作るときには、具体的な情報を捨てて一般性を高めるわけですが、ただ捨てればよいというわけではありません。さきほどの例でエサの部分について考えてみると、エサという具体的な情報を捨てて電気ショックに置き換えてもよいようにしてしまうと、唾液を流すという現象には使えなくなります。もし唾液を流すという条件反応について考えるのであれば、エサと電気ショックをまとめるような一般化はできません。その一方で、条件反応が観察されることだけが重要であれば、一般化できます。自分が何の現象に関心があるのかによって、捨ててもよい情報と捨ててはいけない情報は変わります。このように、説明したい現象について、不要な情報を捨てて抽象化し、具体的な現象の背後にあるメカニズムや構造を表現したものが理論と呼ばれるものです。どんな現象が起こったかを記述するだけではなく、なぜその現象が起こるのか、どのようなメカニズムでその現象が起こるのかを理解するためには、理論的な理解が欠かせません。

では、実際に古典的条件づけの理論を作ってみましょう。

理論を作ってみよう

理論を作るときには、多くの場合実験事実から始めます。図1は、異なる古典的条件づけ事態での学習曲線を示しています。だんだんと条件反応が強くなっていき、ある程度のところで横ばいになるという状況は共通しているようです。ここでは、思い切って抽象化して「(光でも音でも)条件刺激と(エサでも電気ショックでも)無条件刺激を対提示すれば、だんだんと条件反応が強くなってどこかで横ばいになる」という状況を説明することを目指しましょう。

図1 対提示回数と条件反応の強さの関係。左は音や光を条件刺激、電気ショックを無条件刺激とした恐怖条件づけ、右はエサを無条件刺激とした食餌性条件づけの結果。

事実1:条件刺激と無条件刺激の対提示を繰り返すと、条件反応が徐々に増加してどこかで頭打ちになる

この事実を説明するためには、何が記述できればよいでしょうか。グラフを見る限り、条件刺激と無条件刺激の対提示を行うたびに条件反応の強さが変化しています。そこで、条件刺激と無条件刺激を1回対提示するごとに、どれくらい学習が進むのかを記述する理論を目指してみましょう。

目標:条件刺激と無条件刺激の対提示によって、どれくらい学習が進むのかを記述する

学習が進むということは、条件反応の強さが変化することに対応します。条件反応の強さを直接記述する理論を作ってもよいのですが、ここではある仮定をおいてみましょう。「条件刺激の後に無条件刺激が来るという予測が条件反応の強さを決める」という仮定です。無条件刺激が来るという予測が強ければ強いほど条件反応は強くなり、来ないという予測が成り立つときには条件反応は小さくなるというわけで、とりあえず納得できる仮定ではないでしょうか。

仮定:無条件刺激が来るか来ないかの予測が条件反応の強さを決める

この仮定に基づくと、先に掲げた目標は、「条件刺激と無条件刺激の対提示によって、無条件刺激が来るかどうかの予測がどれくらい変化するのかを記述する」ということと同じになります。


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