意外といける! 学習心理学(1)

学習心理学ってそんなに面白いですか?

われわれの毎日は学習であふれている、そう言われるとびっくりするでしょうか。私たちの行動の基本的な原理を探究する、学習心理学と呼ばれる領域があります。その射程の広さとは裏腹に、「とっつきにくい」とも思われがちな学習心理学。「意外といける」その魅力を、専修大学の澤幸祐教授が語ります。(編集部)

Author_SawaKosuke澤 幸祐(さわ・こうすけ):専修大学人間科学部心理学科教授。主要著作・論文に、The effect of temporal information among events on Bayesian causal inference in rats.(Frontiers in Psychology, 5, 2014,共著)、Causal reasoning in rats.(Science, 311(5763), 1020-1022, 2006,共著)など。→webサイト、→Twitter: @kosukesa

ご挨拶

みなさんは、学習心理学という心理学の分野をご存じでしょうか。ある程度心理学を知っている人たちからも、「学習心理学は難しい」とか「とっつきにくい」という意見を聞くことがあります。自称学習心理学者の僕からすると、これは大変に残念なことです。

そこで、学習心理学はとっつきにくくて難しくてつまらなくて役に立たないものではけっしてなく、むしろ「友達から始めてみたけど、つき合ってもいいかも……」という程度に、意外といける感じをお伝えしたいと思います。学習心理学のことをまったくご存じない方も、正直嫌いな方も、そもそも心理学についてまだよく知らない方も、ぜひ最後までおつき合いください。

学習って何?

「学習」という言葉から、みなさんは何を連想されるでしょうか。心理学においては「学習」というのは、とても広い意味で使われており、多くの教科書では「経験によって生じる、比較的永続的な行動の変化」と定義されています。いきなりとっつきにくい感じです。そこで、「学習って何」と考えるのではなく、「学習じゃないものって何」から始めてみましょう。

先ほどの定義は、「経験によって生じるもの」「比較的永続的なもの」そして「行動の変化」という3つの部分から成り立っています。これらを満たさないと、学習とはいいません。

まずは、「経験によって生じないもの」を考えてみます。あなたの人生の中で、経験に依存しないで起こることがどれほどあるでしょうか。この文章が読めるということは、あなたは日本語を理解することができているはずですが、それは経験に依存せずにできたことでしょうか。スポーツについても、練習という経験なしにできるようになりましたか? 友人のことを「あいつはいいやつだ」とか「あの人はちょっとつき合いにくい」とか判断することは、その友人と接する経験なしにできることでしょうか。

われわれの人生の中で、経験に一切依存せずに何かが変わることは多くありません。例えば発達や加齢による変化は経験に依存しない変化といえますが、それでも経験の効果と相互に影響し合うことがほとんどです。

「比較的永続的でないもの」とはどんなものでしょう。例えば、薬物による行動の変化や疲労による行動の変化は、薬物が代謝されたり疲労が回復すると元に戻ってしまいますので、永続的なものではありません。ただ、「薬物を繰り返し摂取したせいで、だんだんと効きにくくなってきた」というように、薬物が代謝されても永続するような変化が起こることはあり、これは学習といえます。

最後に、「行動の変化」という部分です。これはとても難しい問題、「そもそも行動って何?」という問題を含んでいます。日常的な意味では、行動といえば「身体を使って何かしらの活動をすること」くらいのニュアンスですね。コンビニに行くのは行動ですし、ボールを投げるのも行動です。では、「明日の予定を考える」というのは行動でしょうか? 「明日の予定を考えているヒト自身」にしてみれば、これは行動のように思えますが、「明日の予定を考えているヒトを眺めている別のヒト」の視点に立ってみると、何もしていないように見えるでしょう。

行動とは何か、というのはじつはとても難しい問題であり、心理学の根幹にも関わってくるものなのですが、ここではこれ以上踏み込まず、「身体の変化を行動と呼ぶ」という程度にとらえておきます。この問題については、この先に何度かあらためて振り返ることになりますが、学習でないものとは何か、という疑問に立ち戻ると、「身体の変化を伴わないもの」は学習ではない、ということになります。


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