実験心理学の魅力(3)
Posted by Chitose Press | On 2016年01月18日 | In サイナビ!, 連載関西学院大学の今田寛名誉教授に、ご自身の研究史を振り返っていただきながら、心理学における実験や実証的アプローチの魅力について伺います。連載の第3回は、研究を展開していくうえで気をつけたこと、研究、教育に対する姿勢について。(編集部)
研究を重ね、まとめあげていく
――物理的変数ではなく心理的変数に着目されたり、「図地」を反転させたりと、独自の切り口で研究を展開されていったのですね。実験や研究の様子をもう少し伺いたいと思いますが、実験や研究を展開していくうえで苦労したことや工夫したことなど、思い出に残っていることはありますでしょうか。
今田寛(いまだ・ひろし):元関西学院大学学長,元広島女学院大学学長。現在,関西学院大学名誉教授。主要著作・論文に『ことわざと心理学――人の行動と心を科学する』(有斐閣,2015年),『心理科学のための39レッスン』(培風館,2004年),『学習の心理学』(培風館,1996年)など。
苦労といっても、自分の興味がどんどん広がり、それを実験に移し、データ処理し、何がしかの思考の枠組みに収めるにあたってぶつかった壁なので、みずからが招いたものばかりだったと思います。
前回、「人や動物の適応過程、生き様のような観点から学習の問題に関心をもっていた私は、……「ブツ切り主義」にはどうも共感できませんでした」と書きました。つまり実験者が操作して与えた刺激に対する反応だけを見て、それ以外のときのヒトや動物の状態を無視する「ブツ切り主義」に対して不満がありました。
しかしこれをさらに推し進めていくと、動物が飼育室から実験室に運ばれてきたときのことしか調べないことが気になり始めました。そこで1日24時間連続して、何日にもわたって、良いこと(快刺激)、悪いこと(不快刺激)をさまざまな形で経験しながら生きている動物の生き様のようなものに関心をもつようになりました。これについても論文はあるのですが(1)、データ量の多さの中でおぼれそうになったのと、研究をつなぎとめる思考の枠組みに限界を覚えて、この種の研究は長続きしませんでした。また、言い訳になるかもしれませんが、この頃から、学内の役職などがまわってくる年頃になり、忙しくなったことも無関係ではなかったと思います。
心理学の研究というのは、手がけてみると何でも面白いのですが、個々の事実をつなぎ合わせ、それらをまとめ上げる枠組みのことを考えずに、ただやみくもに断片的事実を興味本位で集めるというのでは、まるで、完成図がどのようなものかわからないままにジグソーパズルのピースを触り続けている姿のようなものです。
私の願っていたのは、アメリカの理論雑誌の最高峰ともいえるPsychological Review誌に掲載されるような、事実に立脚したまとまりのある理論的枠組みを構築することでした。それは残念ながらかないませんでしたが、同誌につぐ雑誌、Psychological Bulletin誌に、The concept of uncertainty in animal experiments using aversive stimulation(「嫌悪刺激を用いた動物実験における不確かさの概念」)というタイトルの総括論文を書きました(2)。
この論文は、‘不確かさ’(uncertainty)、あるいは‘情報の欠如’という概念を核に、先に述べた予測可能性/不可能性の問題を拡大し、10ケースの‘不確かさ’の論理的可能性を列挙し、それらからの演繹可能性を示唆し、関連論文を紹介したもので、当時の私としては、これによって1つの整理ができたのではないかと思います。