尊敬されるリーダー、恐がられるリーダー――影響力と社会的地位の2つの形(2)
社会的地位の光と陰
Posted by Chitose Press | On 2015年11月24日 | In サイナビ!, 連載2つの順位制・2つの誇り感情
このように考えると、地位を求める心には善い面と悪い面があるように思われます。人類学者のジョセフ・ヘンリックとフランシスコ・ギル・ホワイトは、このヒトの社会的地位の2つの側面をきちんと区別することを提唱しています(5)。彼らはヒトの社会に特有の尊敬によって生じる順位のことを名声による順位制(prestige hierarchy)と呼んでいます。そして、力によって生じる順位のことを動物行動学の用語をそのまま使ってdominance hierarchyと呼んでいます。日本語ではわかりにくくなるので、こちらは力による順位制と呼ぶことにします。
このようにヒトの社会的地位の二重性をはっきりと区別すると、地位動機と支配傾向についての研究結果が一致しないこともよく理解できます。アンダーソンらは名声によって高い順位に立つことが幸福感や心身の健康につながることを明らかにしていました。それに対して、ジョンソンらは力によって高い順位に立とうとする願望が強すぎる人は自己愛性パーソナリティ障害などの可能性があることを明らかにしたのです。
ヘンリックらの議論は順位制という点に着目していますが、第1回の記事で紹介したギルバートの用語を使って、力による順位制は資源保持力に起源をもち、名声による順位制は社会的注意保持力に起源をもつと考えてもよいでしょう。どちらのやり方でリーダーになったとしても、その人は他者に影響力をふるうことができます。手段は違っても結果は同じということも混乱の一因になっているのかもしれません。
面白いことに、感情研究でも同じような二重性が指摘されています。高い地位についたときに私たちが経験する感情は誇り感情といいます。英語ではpride(プライド)です。誇りやプライドという言葉がどのような使われ方をしているかを思い出してみれば、私たちがこの感情に二面性があることを暗に理解していることがわかります。
たとえば、オリンピックで金メダルをとった選手が「誇らしい気持ちです」といったとしても、誰もそれを悪くは思わないでしょう。ですが、「あいつはプライドが高すぎる」などといって、分不相応に高い誇り感情を抱いている人を非難したりもします。
誇り感情研究者のジェシカ・トレイシーは、金メダルをとったオリンピック選手のように実際の達成度や能力にふさわしい誇り感情を正規の誇り感情(authentic pride)と呼び、分不相応に高い誇り感情のことを過剰な誇り感情(hubristic pride)と呼んでいます(6)。
トレイシーらは、どのような人がそれぞれの誇り感情を日常的に経験しやすいのかを調べてみました。すると、興味深いことに、正規の誇り感情を経験しやすい人は思いやりがあり、まじめな人であるのに対して、過剰な誇り感情を経験しやすい人は思いやりに欠けていて、自己愛傾向が高かったのです。それだけでなく、過剰な誇り感情は暴力傾向とも関係していました。
親切で気前がよい人が尊敬されて高い地位につくのに対して、自己愛が強くて他者を支配したいという人は力で高い地位につこうとするのでした。それだけではありません。正規の誇り感情を経験しやすい人は幸福感が高いのに対して、過剰な誇り感情を経験しやすい人は幸福感が低かったのです。このことから、トレイシーらは、正規の誇り感情は名声による順位と関係していて、過剰な誇り感情は力による順位と関係していると考えています。
力による順位制 | 名声による順位制 | |
起源 | 資源保持力 他者から恐れられることにより影響力をもつ |
社会的注意保持力 他者から尊敬されることで影響力をもつ |
対応する誇り感情 | 過剰な誇り感情 | 正規の誇り感情 |
関連する心理傾向 | 支配傾向,自己愛傾向,暴力傾向など | 幸福感,心身の健康など |
今回はヒトの社会的地位には名声による順位と力による順位という2つの側面があることがわかりました。これら2つの地位は光と陰のような関係にあります(表も参照)。みなに親切に気前よくふるまったり、実際に高い能力があることで尊敬されて名声を得た人たちは幸福感も高いのに、分不相応に高い影響力を力で手に入れようとする人たちは、暴力傾向や自己愛傾向が高く、幸福度も低くなっていました。
このような社会的地位の二重性を理解すると、親和動機と違って地位動機があるのかどうかについて研究者の意見がなかなか一致しなかったことにも合点がいきます。他者と仲よくして、他者から受け入れられようとすることには光と陰のような複雑さはありません。ですが、社会的地位には2つの側面があり、それぞれがまったく反対の性格や行動と関係しているのです。
(第3回に続く)
文献・注
(1) Maslow, A. H. (1943). A theory of human motivation. Psychological Review, 50, 370-390. http://dx.doi.org/10.1037/h0054346 (この論文は、テキスト文書としてであれば、http://psychclassics.yorku.ca/Maslow/motivation.htmで誰でも読むことができます)
(2) Baumeister, R. F., & Leary, M. R. (1995). The need to belong: Desire for interpersonal attachment as a fundamental human motivation. Psychological Bulletin, 117, 497-529. http://dx.doi.org/10.1037/0033-2909.117.3.497
(3) Anderson, C., Hildreth, J. A. D., & Howland, L. (2015). Is the desire for status a fundamental human motive? A review of the empirical literature. Psychological Bulletin, 141, 574-601. http://dx.doi.org/10.1037/a0038781
(4) Johnson, S. L., Leedom, L. J., & Muhtadie, L. (2012). The dominance behavioral system and psychopathology: Evidence from self-report, observational, and biological studies. Psychological Bulletin, 138, 692-743. http://dx.doi.org/10.1037/a0027503
(5) Henrich, J., & Gil-White, F. J. (2001). The evolution of prestige: Freely conferred deference as a mechanism for enhancing the benefits of cultural transmission. Evolution and Human Behavior, 22, 165-196. http://dx.doi.org/10.1016/S1090-5138(00)00071-4
(6) Tracy, J. L., Weidman, A. C., Cheng, J. T., & Martens, J. P. (2014). Pride: The fundamental emotion of success, power, and status. In M. M. Tugade, M. N. Shiota & L. D. Kirby (Eds.), Handbook of positive emotions. New York: Guildford Press, pp. 294-310.