尊敬されるリーダー、恐がられるリーダー――影響力と社会的地位の2つの形(1)

心理学者のポール・ギルバートは、霊長類の社会では、高い地位につくためには力があるだけではダメで、うまく仲間を作らなければならなかったということに着目します(5)。1人ずつではAに勝てないBとCが手を組むことでトップにつくことができるのです。霊長類は社会的知性が高いので、このような連合を作ることができたわけです。言い換えれば、霊長類の社会で高い地位につくためには、力が強いだけではダメで、仲間を作ってその相手とうまくやっていく能力が必要だったのです。そのため、他の人たちから連合のパートナーとして魅力的だと思ってもらえることが高い地位につくための大事な資質になったというのです。

ギルバートは、他の動物にとっては資源保持力が地位獲得に大事だとしたら、ヒトにとっては他者から魅力的なパートナーだと思われて注目される程度が地位獲得に大事だといいます。そして、これを社会的注意保持力social attention holding power)と呼びました。みなの注目を集めるためには、高い技能をもっていたり、気前がよかったりしてみなから尊敬されなくてはいけません。こうして、ヒトの社会では力で相手をねじふせて高い地位につくのではなく、みなから尊敬されることで高い地位につくという地位獲得手段の変化が生じたというわけです。

なるほど、このようにして高い地位を手に入れるのであれば暗殺のリスクはないでしょう。ですが、こんなに苦労してみなに尊敬されることで高い地位について、何かよいことはあるのでしょうか。気前よくするばかりでは高い地位につくメリットがないように思われます。ところが、高い地位につくことにはちゃんと適応上の見返りがあるのです。平等主義的な社会では制度上は“高い地位”というものは存在しません。けれど、みなから尊敬されている人とそうでない人はいます。南米の狩猟採集民(ツィマネ族)を対象に行われた研究によれば、そういう男性たちは魅力的な女性と結婚することができ、たくさんの子どもをもうけていたのです(6)

それだけではありません。平等主義的な社会には強い政治的影響力をもつリーダーはいないということになっています。ですが、ツィマネ族の村の会議では、みなから尊敬される人が発言すると、それにみなが賛成してくれる傾向がありました。このように、みなから尊敬される人はインフォーマルに影響力を行使することができるのです。

もちろん、ヒトの社会でも力が大事でないわけではありません。狩猟採集社会では、体力がないとよい狩人にはなれないでしょう。また、近隣の部族と争いが起こったときに勇敢に戦う戦士も必要です。ですから、そのような人たちも尊敬されて、社会の中で影響力をふるいます。ところが、ツィマネ族での調査では、強くて影響力のある人たちは、親切な人でもあったのです。やはり、ヒトの社会では力だけでは尊敬されるのは難しいようです。

今回はヒトの社会の地位が動物の社会の順位制とは違うということを確認しました。動物の社会では順位制があれば、それは研究者の目にもはっきりとわかります。優位個体が餌や縄張りといった資源をコントロールしているからです。ところが、ヒトの狩猟採集民の社会では、一見、そのような明瞭な順位は存在していないようでした。それはヒトが力で他者をねじふせて資源をコントロールするという露骨なやり方をしない(できない)からです。ヒトはみなから尊敬されることで魅力的な配偶者を得たり、影響力を発揮したりするのです。

ところで、このようにヒトの地位を理解してみると、尊敬されているというのは人気投票のランキングのようなものであって、地位というのとは少し違うのではないのではないかという疑問がわくかもしれません。ヒトには他者から好かれて受け入れられたいという親和動機があります。単に親和動機によって行動していると人気者になり、その結果、たまたま影響力をふるうことができるだけではないでしょうか? そして、影響力をふるうことができているので、高い地位にいるように思えるだけかもしれません。親和動機とは別に地位動機が本当にあるのかという問題については次回考えてみたいと思います。

第2回に続く

文献・注

論文の後のリンクについて

この引用文献表は、この連載で扱った内容をもう少し深く知りたいと思われる方のためにつけています。ですが、ほとんどの文献は英語です。ですから、念頭においているのは、このテーマで卒業論文研究をしてみたいと思われている大学生や、大学院生以上の人たちです。

文献のうち論文は、アメリカ心理学会のマニュアルに従って、論文の著者の名前(姓名のうち「名」やミドルネームはイニシャルです)、発表年、タイトル、掲載雑誌や書誌名(斜体になっています)、ページ数を記載しています。そのあとに暗号のようなリンクがついています。これはdigital object identifier(DOI)といって、この論文のインターネット上の住所のようなものです。

みなさんが自宅のパソコンからこのリンクをクリックしても、たいていの場合は論文を読みたければお金を払うようにいわれるでしょう(オープン・アクセスといって、誰でもどこからでも見ることができる論文もあります)。ですが、大学の中の図書館からこのリンクをクリックすると論文を読むことができるかもしれません(読むことができるかどうかはみなさんの大学が出版社とどのような契約を結んでいるかによります)。

この連載を読んで、英語の原典に挑戦してみようと思った学生の方は、ぜひ大学の図書館からリンクにアクセスしてみてください!

(1) Parker, G. A. (1974). Assessment strategy and the evolution of fighting behaivour. Journal of Theoretical Biology, 47, 223-243. http://dx.doi.org/10.1016/0022-5193(74)90111-8(Parkerの1974年の論文では、resource holding powerという語が使われていますが、現在ではresource holding potentialという言い方が一般的です。戦わずに勝敗を決めるので、潜在的な能力といった方がしっくりくるのです。ただし、ここでは後述のGilbertの用語に合わせてpowerの方を使っています。)

(2) (1)を参照。

(3) Boehm, C. (1999). Hierarchy in the forest: The evolution of egalitarian behavior. Cambridge, MA: Harvard University Press.

(4) de Waal, F. B. M. (1982). Chimpanzee politics: Power and sex among apes. London: Johnathan Cape.(西田利貞訳,1994『政治をするサル――チンパンジーの権力と性』平凡社)

(5) Gilbert, P. (1997). The evolution of social attractiveness and its role in shame, humiliation, guilt and therapy. British Journal of Medical Psychology, 70, 113-147. http://dx.doi.org/10.1111/j.2044-8341.1997.tb01893.x

(6) von Rueden, C., Gurven, M., & Kaplan, H. (2011). Why do men seek status? Fitness payoffs to dominance and prestige. Proceedings of the Royal Society B, 278, 2223-2232. http://dx.doi.org/10.1098/rspb.2010.2145


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