知覚的リアリティの科学(3)

リアリティを超えていく

視覚が創り出す触覚

知覚心理学に多感覚統合あるいは複合感覚統合という研究領域があります。有名なものは,腹話術効果です。腹話術師は,人形の顔を操作しながら自分の口でしゃべっているのですが,観客は人形がしゃべっているように感じます。つまり,腹話術師は口をなるべく動かさず,人形の口や顔を動かすことで,見ている・聞いている人は声が物理的な発生源である腹話術師の口ではなく,人形の口から発せられていると知覚するのです(音源定位が視覚に影響されて捕捉される)。このように視覚,聴覚,触覚,味覚,嗅覚などの異なる感覚は,お互いに影響し合い,また複数が組み合わされることで新しい感覚がつくられます。それを多感覚・複合感覚の統合といいます。これが,いまVRで最も注目を浴びている領域の1つです。最近話題になっている,多くの安価なかき氷のシロップや飲料が実は色しか違わない(匂いも違うものもあります)が,異なる味を感じるという現象も視覚と味覚の複合感覚現象です。

疑似触覚(Pseudo Haptics)は,そのようなVRにおける複合感覚のトレンドをつくった先駆けともいえるものです。ユーザがマウスなど操作デバイスを動かしたときに,画面に提示される視覚的なカーソルの速度を操作することで,疑似な触覚を感じさせることができます。例えば,マウスを動かしたときにカーソルの速度が遅くなったり,止まったりすると,出っ張りや抵抗,粘性を感じます。フランスの国立研究所INRIA(Institut National de Recherche en Informatique et en Automatique)のレクイエ氏(Anatole Lécuyer)による動画がよい説明になっています(3)

また,これにカーソルの大きさの変化や音を組み合わせてよりバラエティのある疑似触覚を体験できるサイトもありますのでぜひ体験してみてください(4)

疑似触覚はとても簡単な装置で触覚を生じさせることができ,まさにそこにないリアリティを創り出すものといえるでしょう。

聴覚が創り出す触覚

ポテトチップスを食べたときにパリッと良い音がすると,クリスピーな食感を感じるという知覚心理学の研究があります(5)。逆に鈍い音を聞かせると湿気ているように感じるのです。これをVRに応用したのが東京大学・稲見昌彦氏らによるChewing Jockeyというシステムです。

稲見昌彦氏らによるChewing Jockey(6)

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人がものを咀嚼する瞬間をセンサで検知し,適切なタイミングで操作した音を骨伝導で提示します。それによってクリスピー感や柔らかさなどを変化させることができます。ビデオの後半では,ミミズのようなグミを咀嚼するときに動物の鳴き声のような音を提示するアプリケーションを紹介しています。そのような体験は日常生活ではありませんが,面白い食感を感じます。ポテトチップスやせんべいの堅さを聴覚で変化させるのはリアリティの操作ですが,ミミズが食べられている感覚を提示するのは新しいリアリティの創出といえるでしょう。そのありえなさがエンターテインメントとして秀逸でもあり,食を拡張するものといえるでしょう。


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