人口の心理学へ
少子高齢社会の命と心
発行日: 2016年7月5日
体裁: 四六判並製296頁
ISBN: 978-4-908736-00-1
定価: 2400円+税
内容紹介
人口が減り始めた日本。
私たちは命にどう関わるべきか?
命についての問題―生殖補助医療,育児不安,母性,親子,介護,人生の終末―に直面し苦悩し,格闘する心を扱う「人口の心理学」の提案!
心理学のみならず,人口学,社会学,生命倫理,日本近代史の第一線の論客が結集し,少子化,高齢化,人口減少に直面する日本社会のあり方を問う。
目次
序章 人口の心理学の視点―命と死と生涯発達 ●柏木惠子
第I部 誕生―「授かる命」から「つくる命」へ
第1章 生殖補助医療・不妊治療のいま―心とテクノロジー ●小泉智恵・平山史朗
第2章 産む選択、産まない選択―出生前診断 ●玉井真理子
第3章 近代日本社会と子どもの命―子返しの習俗と規範の形成 ●太田素子
第4章 血がつながらない子どもの親になる―特別養子縁組による親子の形 ●富田庸子
第II部 親子関係―「少子の子ども」と「長命の親」
第5章 子どもの価値―なぜ、女性は子どもを産むのか ●永久ひさ子
第6章 育児不安を考える―ライフコースの激変とアイデンティティの揺らぎ ●柏木惠子・加藤邦子
第7章 もたれ合う家族―日本の家族文化の問題 ●舩橋惠子
第8章 家族が変わる、老親介護も変わる―二一世紀の高齢者の介護と暮らし ●染谷俶子
第III部 命の終わり方―「長命」は「長寿」か
第9章 人間の尊厳と死―「死の尊厳」の語られ方を読み解く ●大谷いづみ
第10章 変わるお葬式、消えるお墓―その実態と現代人の意識 ●小谷みどり
第11章 長生きすること―長命の価値と課題 ●森岡清美
終章 少子高齢社会の命と心―現在とこれから ●高橋惠子
コラム
1 子どもの誕生と死の意味―先人の日記や手紙からの示唆 ●柏木惠子
2 将来の日本がもつ人口問題とは? ●別府志海
3 日本の貧困 ●阿部彩
4 性・生殖と政治 ●高橋惠子
5 誕生のインファンティア ●西平直
6 生殖補助医療の死角―当事者の視点から ●加藤英明
7 「マタニティ・ハラスメント」は女性の身体性への差別 ●杉浦浩美
8 結婚、出産の価値の変化 ●本田由紀
9 なぜ少子に虐待か―家族臨床から見えること ●平木典子
10 嬰児殺に見る命の重み ●川﨑二三彦
11 「親孝行の終焉」の示唆するもの ●深谷昌志
12 平均寿命と健康寿命 ●菅原育子
13 介護保険制度 ●神前裕子
14 江戸時代の高齢化と看取りのシステム ●柳谷慶子
15 老人ホームに住むという選択 ●神前裕子
16 親孝行は美徳か?―親子間の資源の流れ再考 ●柏木惠子
17 長命化で厳しさを増す親と子のライフプラン ●畠中雅子
はじめに
日本の人口現象―少子化、高齢化、人口減少―つまり、人間の生と死の問題が、私たちの命についての心とその表現としての行動とに深く関わっていることを明らかにしたいと、本書を企画しました。
人口現象では人間の数(量)の変化に注目が集まりがちです。しかし、この量の変化に潜んでいる、あるいは、量の変化をもたらしている私たちの「命についての考え方」、つまり、質の変化こそが検討されるべきでしょう。人間がどのようにして生まれ、生まれた命をどのように扱い、どのように命を終えるかについての考え方に、革命的ともいえる重大な変化が起こっていることに注目するべきです。本書は、この変化の事実とそこに起こっている問題を明らかにし、さらに、新しい方向を見出すことを企図しています。
人口の減少
人口学は人口の数、分布、構造、変動などの人口現象を扱う学問です。その人口学によれば、注目すべき第一の人口転換が産業革命を契機に起こりました。出生率と死亡率がともに低下したこと、つまり、それまでの多産多死から少産少死へと変化したとされています。多産多死ではなく少産少死によって人口が一定に保たれるようになっていきました。ところがその後、出生率が「置き換え水準」(親世代と子世代が置き換わって人口が一定に保たれる水準のことで、日本では合計特殊出生率が二・〇七であることが必要)を大きく下まわり、人口の減少が地球上の広い地域で見られるようになってきました。人口学者の間では、これを第二の人口転換とよぶべきではないかとされています。
日本の人口はすでにピークをすぎ、これから人口が減少していくと予測されています。事実、二〇一五年の国勢調査は資料のある一九二〇年以来はじめて日本の人口がこの五年間に〇・七%(約九五万人)減少したことを明らかにしました。これは、出生数から死亡数を引く人口の自然減が大きくなったせいだと説明されています。つまり、超少子化になったことが人口減少の原因です。
人口の心理学の提案
少子化、高齢化、人口減少という人口現象を理解するために、本書では人口の心理学を提案しています。人口の心理学は人口現象、つまり、人間の命について、人々がどのように考え、感じ、どのように行動するかを扱います。人口の革命的変化の時代に生まれ、そのメンバーとしてこの時代をつくってもいる人間を問題にする人口の心理学は、私たちが知る限り類を見ないものです。
心理学は人間がじかに接する具体的・直接的な環境(例えば、家庭、学校など)を扱うことを得意としてきました。しかし、人間がその中で生活していてその影響から逃れられないことはわかってはいても、文化、時代精神、社会状況などの抽象的・間接的な環境が人間に与える影響や、人間がそれらをどう担っているかを確かめることをほとんどしてきませんでした。心理学の研究方法である実験や調査によって知ることが難しいからです。
誕生から死までの生涯にわたる人口現象をよく理解しようとすると、既存の心理学から得るものは多くはありませんでした。本書の執筆者リストが示しているように、人口学、歴史学、民俗学、文学、経済学、社会学、教育学、社会福祉学、医学など、人間の生き方や命を扱う学問や実践による知識・経験を総動員することが必要でした。人口の心理学にはこの学際性が欠かせません。本書によって、人口の心理学が扱うべき問題を提案したいと思います。
ジェンダーの視点
本書の構成を考えるとき、私たちが特に重視したのは、性別による差別を見逃さないジェンダーの視点をしっかりと入れることです。現在でも、日本の社会全体に男女の役割分業の思想が蔓延し、ことに、命に関わる育児、家事、介護などのケアは女性の仕事だ、ケアラーは女性だと見なす誤りをいまだに克服できていないからです。つまり、日本では少子化、高齢化、人口減少の問題を女性問題であるとする勘違いがまかり通っています。命についての社会通念や政府の対策の中に、ジェンダーによる歪みがどのようにあるか、それを見逃さないように章とコラムを考え、それぞれの執筆者にお願いしました。その結果、目次のようなラインナップになりました。
命についての三つの問題―本書の構成
本書では、命についての心と行動を、次のような三部に分けて検討することにしました。それぞれの専門家による一一の章と、問題を理解するために必要な一七のコラムを用意しました。そして、序章では本書の問題とその背景とを、終章では本書のまとめと今後の課題を述べています。
第Ⅰ部 命の誕生―「授かる命」から「つくる命」へ
現在、命は「授かる」ものではなく、「つくる」ものになったといってよいでしょう。
第1章、第2章では生殖補助医療、不妊治療、遺伝子診断がどのようなものか、「命の選別」に関わる問題を述べています。第3章では胎児・嬰児の命への介入についての考え方の変遷を江戸時代からたどっています。第4章では血縁のある家族が重視される日本で、血のつながらない養親と養子の親子関係が実現できる可能性を扱いました。
第Ⅱ部 親子関係―「少子の子ども」と「長命の親」
ここでは、選択して産まれた命が大切に扱われているか、長命になった親と子は幸せに暮らしているかを検討しています。第5章では子どもを産む理由(子どもの価値)を明らかにし、第6章では、日本社会に特有だともされる育児不安とその背景を述べています。家族を心のよりどころとし、個人ではなく、家族を単位として制度や政策が設計されている日本の親子関係の特異性を第7章で論じています。健康保険と介護保険の制度によって、介護の社会化が進みました。第8章ではその全容を述べています。高齢者の介護の諸問題は序章でも明らかにしています。
第Ⅲ部 命の終わり方―「長命」は「長寿」か
命を人為的に操作し始めた社会では、命が枯れて朽ちていく、すなわち、老いること、死ぬことの意味を変化させています。まず、第9章で人間の死をどう考えるかについて述べています。長命になり、第一線から退いてからの死は、葬儀の社会的意味を薄れさせ、葬儀も墓も当人が望むようにするという個人化が進んでいることを第10章で明らかにしています。第11章では、卒寿を迎えた執筆者が、社会学者として、そして、高齢の当事者として、老いと死を論じています。
本書が、命の意味や価値を再考するきっかけになれば嬉しい限りです。
二〇一六年三月
柏木惠子
高橋惠子
立ち読みファイル
目次
はじめに
関連記事の紹介
本書に関連して,サイナビ!内に以下の記事を掲載しています。家族心理学,発達心理学の最先端を走る4人の心理学者が,人口の心理学の展望を語り合います。
柏木惠子,高橋惠子,根ヶ山光一,仲真紀子「人間の命と死,そして心――『人口の心理学へ』が問いかけるもの」
メディア掲載、書評等
『児童心理』2016年12月号、書評(評者は箕浦康子先生)