行動観察つれづれ

領域を超えた発達の様相を捉える「発達カスケード」の視点が注目されています。『歩行が広げる乳児の世界――発達カスケードの探究』著者たちによるリレー連載の第3回(最終回)。新しい技術や道具を取り入れ、「地道」にデータと向き合いながら、行動観察研究を進める研究者の姿を紹介します。(編集部)

山本寛樹(やまもと・ひろき):2017年,京都大学大学院文学研究科博士課程指導認定退学,2020年,博士(文学)。現在,インディアナ大学日本学術振興会海外特別研究員,大阪大学大学院人間科学研究科招へい研究員。主要著作に,「乳児の視覚経験の生態学」(『心理学評論』63, 102-117, 2020年)など。『歩行が広げる乳児の世界――発達カスケードの探究』(共著,ちとせプレス,2024年)を刊行。

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大学院生の頃,筆者は研究協力者の家庭を数カ月にわたって隔週で訪問し,親子の行動を観察するという手法でデータ収集をしていました(図1)。現在筆者は直接家庭を訪問する研究はしていませんが,乳児の成長をはじめて目の当たりにした驚きは,当時の光景とともに鮮明に思い出すことができます。暖かな日差しのもと,床にあおむけに寝かされ,もぞもぞと四肢を動かしていた生後5カ月児。部屋から部屋へせわしなく移動するようになっていき,モノを運んで養育者や研究者を否応なしにコミュニケーションへと巻き込んでくる生後12カ月児。当時,日常環境で目にした発達のダイナミックさへの感動は,現在も乳児の研究を続けている筆者の原動力になっています。ただ,観察中に気づいたことを記録していた当時の野帳を見ると,システマティックな行動記録の方法を確立しようと悪戦苦闘する大学院生の苦悩も見て取ることができます。乳児は新たな姿勢や行動を次々と見せるようになる一方で,数カ月前によく観察された姿勢や行動はいつの間にか見られなくなっていきます。かりに「立つ」と記述できる行動が見られたとしても,微視的に見ると,その行動を生起させるのにかかる時間や行動を生起させるまでのプロセスは,数カ月のうちに大きく変化していきます。また,乳児の成長とともに養育者から乳児への働きかけも変化し,変化した養育者の行動に呼応するように乳児の振る舞いも変化していきます。「こんな感じで行動を記録していったらいいかなぁ」と行動記録のスキーマを考えても,翌月には予想もしていなかった行動を乳児が(時には養育者も)見せるようになっていたりするわけです。しかも,乳児や養育者の行動には個人差も大きく,ある家庭の観察から考え抜いた行動記録のスキーマが,別の家庭だとうまくいかないこともよくありました。発達変化と個人差という広大な海を前に,移ろいゆく波の輪郭を捉えようとするような作業をどのようにすすめたらいいかわからず,当時の筆者は途方に暮れていた気がします。

図1 研究協力者の家庭で行動観察をする筆者(左)

程度の差こそあれ,ヒト乳児や動物の行動観察の経験のある方には,類似した体験をされた方もいるのではないでしょうか。鮮やかな研究デザインのもと統制された環境で測定を行う実験的手法に比べ,行動観察はしばしば古典的で創造性に劣る方法と捉えられがちです。しかし,日常環境での乳児の発達変化を定量的に捉えるためには,無限に繰り出される乳児の行動から研究者が関心をもつ現象を適切に切り取るフレーミングと,行動をシステマティックかつ再現可能な形でコーディングしていくセンスが必要になります。現代においても発達心理学の研究に行動観察が使用されているのは,日常環境での乳児に対する研究者の飽くなき探究心と,フレーミングやコーディングの工夫次第でさまざまな現象を扱える行動観察の汎用性があるからでしょう。シンプルでありながら奥が深い,古典的でありながらいまなお新しい,そんな行動観察研究を支える「道具」を,私の経験も交えながらご紹介します。

ヒト乳児を対象とした現代の行動観察研究において,ビデオカメラを用いた映像記録は欠かすことができません。映像記録は,研究者が元データに何度でも立ち戻り,研究のフレーミングやコーディングをより精緻なものにしていくことを可能にします。乳児に起こるさまざまな発達変化に逐一翻弄されずに研究を推し進めていくうえで,映像記録は航海日誌のような役目を果たしてくれるといえるでしょう。カメラを固定するか,画角に何を収めるのか,どの程度対象にズームするかなど,映像記録は撮影者の関心と無関係ではいられない点に注意する必要がありますが,信頼性の高い行動コーディングをしていくうえでも,現象を他者へ説明するコミュニケーションのツールとしても,映像記録は重要です。近年は,より再現可能性の高い観察研究を目指して,映像記録をオープンデータとして共有していこうという動きもあります(1)

また,映像記録は,記録方法や研究デザインとの組み合わせ次第で,さまざまな情報を取り出すことができるのも魅力の1つです。日常環境での行動観察研究の多くは,研究者が複数の家庭を訪問してビデオカメラで数時間の映像記録を実施することが多く,行動の頻度や時間長といった情報が分析されることが一般的です。一方,1人の乳児を対象に定め,家の天井に複数台のカメラを設置して朝から晩までの行動を2年間記録し続けた研究も存在します(2)。ロイらの研究では,行動が生起した家庭内の場所や時間帯といった,より個々の発達環境に根ざした情報が分析されています。日常生活では,文化,日々の活動・慣習といった多くの要素がさまざまな時間スケールで相互作用しつつ個々の発達環境を形づくっています。映像記録の方法や研究デザインに工夫を凝らしつつ,乳児の発達環境を様々なレベルで理解しようとする研究者の試みが今日も続けられています。『歩行が広げる乳児の世界――発達カスケードの探究(3)』では,日常環境での行動観察で明らかにされてきた,乳児の歩行獲得が発達環境を形づくるプロセスを紹介しています。

さて,日常環境での親子の行動を映像記録しようとする試みの中で発展してきた機器に,ウェアラブル機器があります。2000年代後半以降,親子の頭部にビデオカメラや視線計測装置を装着することによって,自然な場面での視野や注視行動を分析する研究が花ひらいていきました(4)。そうした時代の流れの中で,筆者も大学院生の頃から行動観察にウェアラブル型の視線計測装置を取り入れた研究に取り組んでいます。具体的には,日常環境で養育者に視線計測装置を装着してもらうことで,親子の視線を介したコミュニケーションや親の注視行動に関する研究を進めています(5)。ウェアラブル型の視線計測装置には,装着者の目の前の光景を記録するシーンカメラと,眼球運動を記録するアイカメラで構成されており(図2),装着者が視野のどこを注視していたのかを分析することができます。後に説明するウェアラブル型のカメラのような長時間記録を実施することは難しいですが,日常環境での注視行動を分析できる優れた機器です。ただ,装着者の視野も注視点も時々刻々と変化するため,分析にあたり,研究者が「装着者の視野に映っているもの」と「装着者が注視しているもの」をフレームごとに手動でコーディングしていかなくてはいけません。深夜の研究室で途方もない量の画像フレームを前に,時にため息をつきながら,コーディングを続けたことを覚えています。

図2 ウェアラブル型の視線計測装置を装着する筆者。右目上部にシーンカメラが,右目の右下にアイカメラが配置されている

現在筆者が所属している研究室では,乳児の頭部にウェアラブル型のカメラを装着することで,日常環境で乳児の視野に映る情報を記録・分析する研究プロジェクトを実施しています(図3)。ウェアラブル型の視線計測装置のように注視行動を記録することはできませんが,ウェアラブル型のカメラは手軽に録画を実施できるため,日常環境で乳児の視野に映るものを長時間記録できる利点があります。現在筆者は,こうして取得された生後2カ月から生後15カ月までの乳児の一人称視点映像の分析に取り組んでいます。ただ,せっかくの映像記録も,アノテーション(動画や画像に付される,特定の情報を示す注釈)がなければただの動画ファイルの山にすぎません。乳児の頭部からカメラがずり落ちてしまうことがあるなど,録画されているデータがすべて研究に使えるわけではないため,研究目的にあわせて,アノテーションを1つひとつの動画ファイルに加えていく作業が必要となります。学部学生の研究補助者たちとチームを組み,ときにクラウドソーシング・サービスや機械学習などの手法も取り入れて試行錯誤しつつ,大量の動画データにアノテーションを加える日々です。

図3 ウェアラブル型のカメラを装着する乳児

ここまで,私の経験も交えながら,日常環境での親子の行動観察に用いる「道具」を紹介してきました。結局のところ,行動をペンで野帳に書き留めていくにせよ,ビデオカメラやウェアラブルな機器を使用するにせよ,行動観察研究に地道な作業が必要であることには変わりありません。一方で,ウェアラブル型の計測装置や機械学習技術など,日常環境での親子の行動の分析に新たな切り口を与えてくれる道具も日々開発されているのも事実です。どの道具にも長所と短所があり,道具の特性を理解したうえで,関心をもつ現象に適した道具を選択していくことが重要ですが,データのインパクトと測定の実現可能性が織り成す緊張感の中で,研究のフレーミングやコーディングを試行錯誤しながら乳児の発達変化に迫るプロセスは知的興奮に満ちています。「日常的な乳児の行動を理解したい」という発達心理学の究極目標の1つに迫るうえで,今後も行動観察は泥臭く,創造性に富んだ方法であり続けるでしょう。みなさんも,行動観察の道具を片手に,発達変化と個人差の海へ出かけてみるのはいかがでしょうか?

文献・注

(1) Gilmore, R. O., & Adolph, K. E. (2017). Video can make behavioural science more reproducible. Nature Human Behaviour, 1 (7), Article 0128.

(2) Roy, B. C., Frank, M. C., DeCamp, P., Miller, M., & Roy, D. (2015). Predicting the birth of a spoken word. Proceedings of the National Academy of Sciences, 112(41), 12663-12668.

(3) 外山紀子・西尾千尋・山本寛樹 (2024).『歩行が広げる乳児の世界――発達カスケードの探究』ちとせプレス

(4) Smith, L. B., Yu, C., Yoshida, H., & Fausey, C. M. (2015). Contributions of head-mounted cameras to studying the visual environments of infants and young children. Journal of Cognition and Development, 16 (3), 407-419.
山本寛樹. (2020).「乳児の視覚経験の生態学」『心理学評論』63 (1), 102-117.

(5) Yamamoto, H., Sato, A., & Itakura, S. (2019). Eye tracking in an everyday environment reveals the interpersonal distance that affords infant-parent gaze communication. Scientific Reports, 9(1), Article 10352.
Yamamoto, H., Sato, A., & Itakura, S. (2020). Transition from crawling to walking changes gaze communication space in everyday infant-parent interaction. Frontiers in Psychology, 10, Article 2987.

9784908736384

外山紀子・西尾千尋・山本寛樹 著
ちとせプレス(2024/10/10)

領域横断的に発達を見る。乳児期のロコモーション(移動運動)の発達が,知覚,認知,言語,モノや他者とのかかわりなど他の領域の発達に波及していく様相を,観察や実験で得られた研究知見をもとに読み解いていきます。乳児の発達に関心をもつ養育者や保育者,心理学や教育学を専攻する人に


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