心理学が挑む偏見・差別問題(4)

社会問題への実証的アプローチ

4人の心理学者が,偏見や差別の問題に心理学が取り組む意義や,そこから見えてきた今後の課題を語ります。最終回は,社会問題を心理学で研究すること,偏見・差別に関する日本の文化的側面について取り上げます。

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社会問題を心理学でどのように研究するか

唐沢:

一個人,一国民として,ステレオタイプや偏見の問題にどのように関わるかということと,心理学の専門家としてどのように関わるかという両面があります。今回の本は専門家としての試みを集めたものとして,社会にインパクトをもってくれるといいなと思います。テーマに関しては,他に類書がないほどカバーできたのではないかと思っています。

Author_karasawaminoru唐沢 穣(からさわ・みのる):名古屋大学大学院情報学研究科教授。主著に,『責任と法意識の人間科学』(勁草書房,2018年,共編),The emergent nature of culturally meaningful categorization and language use: A Japanese-Italian comparison of age categoriesJournal of Cross-Cultural Psychology, 45, 431-451,2014年,共著),『社会と個人のダイナミクス』(展望 現代の社会心理学3,誠信書房,2011年,共編)など。

北村:

最初に考えていたときには,必ずしも社会心理学の本でなくてもいいかなという思いもありました。社会心理学と社会学とを混ぜて,社会学者にも書いてもらってもいいかなとも思っていました。社会学の中で人権や部落のことを研究している人もいますし,当事者の立場で差別問題に関わっている人もいる。そういう人たちを集めてもいいかなという思いもあったのですが,直接の知り合いでもなく,自分の社交性が不足していたのかもしれませんが(笑),なかなか進められませんでした。それで,よく知っている社会心理学のメンバーでやろうと思って,唐沢先生に相談しました。高さんと栗田季佳さんのことが念頭にあったので,唐沢研究室のメンバーにも参加してもらって,と考えました。いまから思うと,浅井暢子さんに精神障害の話を書いてもらってもよかったかもしれない。栗田さんは,どちらかというと身体障害のことを書かれたので,心理学の本としては精神障害の章を別に立てる手もあったかもしれません。他にも取り上げる対象が考えられたかもしれませんが,唐沢先生と相談した際に考えついた範囲で,移民やセクシュアリティなどバラエティに富む内容を取り上げられたかなと思います。日本の社会にある多くの領域で,偏見や差別の問題を扱って研究している人が増えてきたなかで,みなさんの成果を書いていただけたのはよかったと思います。

Author_kitamurahideya北村英哉(きたむら・ひでや):東洋大学社会学部教授。主著に,『社会心理学概論』(ナカニシヤ出版,2016年,共編),「社会的プライミング研究の歴史と現況」(『認知科学』20, 293-306,2013年),『進化と感情から解き明かす社会心理学』(有斐閣,2012年,共著)など。

唐沢:

その点は本当にそうですね。

高:

僕は心理学でまとまったのがよかったと思います。いままでですと,デリケートな問題を扱いたければ社会学に進んだ方がいいということがあったと思います。以前にある出版社の人と話をしたところ,学部は心理学で,大学院で偏見や差別を学びたかったけれども,心理学では偏見や差別はできないと言われたので社会学の大学院に進んだ,という人がいました。むしろ社会学と一緒ではなく,心理学としてさまざまな問題を扱えることを示すことができたのはよかったのではないかと思います。

Author_takafumiaki高 史明(たか・ふみあき):神奈川大学非常勤講師,東京大学大学院情報学環特任講師。主著に,『徹底検証 日本の右傾化』(筑摩書房,2017年,分担執筆),『レイシズムを解剖する――在日コリアンへの偏見とインターネット』(勁草書房,2015年),「在日コリアンに対する古典的/現代的レイシズムについての基礎的検討」(『社会心理学研究』28, 67-76,2013年,共著)など。

北村:

心理学の中で,心理学の方法論を用いた切り口でこれだけのことができるということを示せたのは「ウリ」だと思います。個人的には,「心理学」という分野へのこだわりがあまりなくて(笑),執筆した章でもいろいろな内容を盛り込みましたが。いま東京大学の本郷キャンパスで非常勤の授業をしているのですが,社会心理学専攻の履修者よりも社会学専攻の履修者の方が多いです。「集団と人間関係と統治の社会心理学」という副題をつけていて,日本社会をどのように統治すべきか(本来は民主主義では「統治」ではないのですが,あえて)といった内容を話しています。心理学の人にはあまり響かないようで,社会学や公共政策,国際関係,経済学を学ぶ人から面白いリアクションペーパーをたくさんもらいます。とりわけ今年は特殊講義なので,「これを盛り込まなくてはいけない」という制約があまりなく,面白いと思う内容を話すことができて楽しく授業をしています。「血縁家族主義」を解体してはどうか,とか話をしています。

高:

僕は賛成ですが,心理学の授業でそのことを話す人はいなそうですね。

北村:

ないでしょうね。授業で社会心理学専攻の学生が驚くこともあります。


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