心理学が挑む偏見・差別問題(3)
社会問題への実証的アプローチ
Posted by Chitose Press | On 2018年10月05日 | In サイナビ!, 連載4人の心理学者が,偏見や差別の問題に心理学が取り組む意義や,そこから見えてきた今後の課題を語ります。第3回は,偏見や差別研究を始めた経緯,インターネット上でのヘイト表現,そして現実社会の中でのステレオタイプの境界について取り上げます。
偏見や差別をなぜ研究してきたのか
唐沢:
先ほどから自虐気味に述べているところもありますが,偏見や差別の研究をしているとこういういいことがあるよね,という面を我々が語らなければいけないですかね(笑)。
唐沢 穣(からさわ・みのる):名古屋大学大学院情報学研究科教授。主著に,『責任と法意識の人間科学』(勁草書房,2018年,共編),The emergent nature of culturally meaningful categorization and language use: A Japanese-Italian comparison of age categories(Journal of Cross-Cultural Psychology, 45, 431-451,2014年,共著),『社会と個人のダイナミクス』(展望 現代の社会心理学3,誠信書房,2011年,共編)など。
――先生方が偏見や差別に関心をもったきっかけはなんだったのでしょうか?
唐沢:
後づけかもしれませんが,やはり自分なりにいろいろな面で少数者意識があったのが関心のもとだったのかなと思います。一方で,日本人の大多数はいろいろな面で多数派ですよね。ある面では少数派ということは多かれ少なかれあると思いますが,自分の中にそういう面がもともとあり,社会との摩擦や食い違いをこの分野が扱っているということがわかり,関心をもったのかなと思います。アメリカの研究者を見たのは個人的には大きかったです。
大江:
私がステレオタイプ研究として修士論文から取り組んでいたのは,ステレオタイプのリバウンド効果でした。偏見はいけないと思って抑制していても,リバウンドしてかえって偏見や差別が強く出てしまうという現象です。すごくやるせないことのように思えて,何とかできるのではないかと思い,その認知過程を調べていきました。「リバウンドを個人内で解決できるんだ」とわかった段階で,私のリバウンド研究は一つの区切りをつけることができました。どうにかならないかと思っていたプロセスが,どうにかなるというところまで理解できたことのはよかったことだなと思っています。
大江朋子(おおえ・ともこ):帝京大学文学部准教授。主著に,『社会心理学――過去から未来へ』(北大路書房,2015年,分担執筆),『社会心理学』(放送大学教育振興会,2014年,分担執筆),『個人のなかの社会』(展望 現代の社会心理学1,誠信書房,2010年,分担執筆)など。
唐沢:
リバウンドの発見そのものが認知心理学全般にとっても人間性の本質を突いた本当に重要な発見でしたよね。そのことがステレオタイプにもあてはまるということは社会心理学にとっては大きな発見だった。単にステレオタイプや偏見はよくないことだから大事な研究だというのとはまったく別で,なかなか気がつかなかった人間性の本質を突いていたわけでしょう。人気を呼ぶ研究トピックは,たいていそういう重要な知見をもっています。
大江:
ステレオタイプ研究に関しては自動性についての研究がこの30,40年間継続してなされていて,非意識レベルでステレオタイプがかなり作用して,行動にまで影響を及ぼすということが,社会的にもインパクトがあるはずだと思います。そのあたりのプロセスを丁寧に研究することができたのは,私としては嬉しいことでした
唐沢:
それはいい話だね。さらに解決法まで見つけたわけだから。
大江:
ただ,個人内での解決であって,社会全体での解決にはならないのが課題ですね。集団の表象自体を変えていかなければ,リバウンドが起こり続けると思いますから。そうした面は,別の方法で補っていかなければいけないのだろうと思っています。先ほどから話が出ているような,社会をどう作っていくのかという話だと思います。
高:
私の研究への動機づけは個人的な子どもの頃の経験です。親の転勤で,関西のそれなりに大きい都市に引っ越したのですが,非常に閉鎖的な環境でした。「東京から引っ越してきた色白で成績のよいやつ」という扱いを受けて,それまで自分がもっていたものとまったく違う像を押しつけられました。それまではサッカーなど外で遊ぶことが好きだったのですが,引っ越すと,よそ者だからとパスがまわってこない(笑)。
高 史明(たか・ふみあき):神奈川大学非常勤講師,東京大学大学院情報学環特任講師。主著に,『徹底検証 日本の右傾化』(筑摩書房,2017年,分担執筆),『レイシズムを解剖する――在日コリアンへの偏見とインターネット』(勁草書房,2015年),「在日コリアンに対する古典的/現代的レイシズムについての基礎的検討」(『社会心理学研究』28, 67-76,2013年,共著)など。
北村・唐沢・大江:
サイバーボール(1)!(笑)
高:
自分と違う像を押しつけられて,少し成績がいいと,「お前がどんな生活をしているか俺は知っている」という態度で関わってくる人が多かったです。「家に帰ってからずっと勉強しているんだろう」というような。そういう経験から,人間は他人のことを理解できないのに,理解した気になれるんだなと思いました。いじめも経験しましたし,よそ者に対してこんなに残酷になれるんだなということも思いました。ちょうどその頃,まわりの人や教師から,私の名前が在日コリアンっぽい名前だったし,同姓同名の有名な在日韓国人の作家もいて,在日朝鮮人に対する差別的な呼び方を向けられることもけっこうありました。そのときに,こういう人たちがいるんだということを認識しました。
当時はそちらに直接関心が向いたわけではないのですが,心理学を研究するようになった大学院生の頃に,インターネットを見ていると差別的な言葉が飛び交っていて,子どもの頃の経験と結びついて,誰かが研究しなければいけないなと思いました。研究をしてよかったこととして,私の研究に対する反応はいろいろで,当事者からも中には「自分たちの集団についての現象を偏見や差別と呼んでほしくない」という反感を示された方もいましたが,一方で,「自分たちが得体のしれない嫌な空気にずっととらわれていて,苦しんできた現象が,客観的に腑分けされて名前がついたことだけでも安心できた」という方もおられました。僕の研究は,解消方法や社会がどうすべきかをまったく示していないのですが,社会心理学の研究で,現象に名前がついて理解することで少しは力になれて,貢献できたのかなと思いました。
大江:
授業で教えていても,そうした反応はあります。差別なり偏見なりを受けている人の反応なのだろうなと思います。
高:
そこで安心していたらダメですので,この先,解消していくための研究もしていかなければいけないと思いました。